第37話「勇気と情と命の《方》――1対1」

 かつて矢矯やはぎはいった。


 ――例えば子供を守る母親は、生き残るために何をしても許されるだろう?


 明確に守るべきものが存在する時、女は全ての制約から解き放たれ、あらゆる手段が肯定される、と。


 ――男は女の2倍、3倍の事ができないと死ぬぞ。


 それ故に、孝介こうすけ仁和になの2倍、3倍の力が必要だといわれた。


 今、孝介には自分が仁和よりも上手である自覚はない。事実、上手ではなかろう。


 よくて互角、贔屓目が入らなければ孝介が下だ。


 だが矢矯の言葉には隠されていた意味を、今、知った。



 ――男は、後を引き継いでくれる人がいれば、何とでもできるようになる。



 孝介には今、矢矯がいる。孝介がたおれても、ルゥウシェをたおす事さえできれば、勝利は自分たちの元に来る。矢矯が、弓削が、乙矢がもたらしてくれる。


 ならば斬るだけだ。


 ――斬るだけ!


 これこそが、矢矯の剣が到達できる境地だ。


 振り上げて振り下ろす――それだけの剣は、手の内の工夫が無限大であるとか、超高速であれば不破の技であるとか、そんな軽いものではなかった。


 ――斬られる前に斬れとか、烏滸おこがましい!


 ソニックブレイブと名付けた打ち下ろしを、そういう考えの基に振るっていた孝介は今、悟った。


 ――斬られる前にって事は、斬られないように考えてるんじゃねェか!


 剣を手にし、それを他者へと振るうならば、生き残る事など――幸せなど考えて良い身分ではない。


 ――斬られろ! 斬られて、斬れ!


 死ぬ事は最前提だ。


「男なんだから、死ね」


 思わず出た孝介の声に、ルウウシェが口角を吊り上げた。


「その通り!」


 孝介や矢矯など、生きている資格はないという。


 事実、生きている資格の有無をいうならば、両親の遺したささやかなものだとしても、自分たちの生活を守るために他者を傷つける選択をした孝介と仁和に、真っ当に生きる資格などない。


 だがルゥウシェが、それをいう権利とてありはしないのだ。


 ――死んでも勝てって事だ!


 孝介が《方》を行き渡らせる。


 矢矯やはぎが、弓削ゆげが、教えてくれた。


 陽大あきひろが、仁和になが、見せてくれた。


 はじめも、神名かなも、真弓まゆみも、繋いでくれた。


 ――俺は、死んでも繋ぐ! 繋げるために必要なものを、みんながくれた!


 感知、念動、障壁――3種しかない孝介の《方》であるから、全開にしようともルゥウシェの嘲笑と冷笑は止まらない。


「取るに足らない、下らない!」


「それでも! これが俺の――」


 孝介の怒気は、空気も引き裂かんばかりだ。


「勇気と」


 念動を動かす。仁和が見せてくれた、吸収と放出により、体内の呪詛を巻き込む《方》だ。


「情と」


 障壁を展開する。陽大がバッシュのリメンバランスに耐えた《方》だ。


「命の《方》だ!」


 感知を最大にする。


「ふーん」


 取るに足らないという言葉に変更はない。


 そして孝介が持つ感知の《方》が、ルゥウシェの動きを掴んだ。


 ――来る!


 身構える間はあったが、矢矯の剣に持ち替える間はなかった。


「リメンバランス」


 ルゥウシェの《導》が来る。連続で《導》を繰り出し、混じり合わせ、破裂させる技だ。


「スノーライト――雪風の記憶!」


 突き入れる切っ先に、ルゥウシェが得意とする氷の《導》が集められた。


 ――受けろ!


 習っていない受け太刀だったが、ルゥウシェが正式に剣道や剣術を修めておらず、膂力りょりょくと反射神経だけで刀を振るっていた事が幸いした。


 どうせ折れている剣だと高を括った剣は、凍てつく《導》を受けた刀身にヒビを走らされた。


「ムーンライト――月光の記憶!」


 突き入れた切っ先を振り上げるルゥウシェ。


 勢いがルゥウシェの身体を浮かし、捻りを加えた一撃は斬撃となり、凍った刀身を巻き上げ、砕き――、


「!?」


 暴れ出した《導》は稲妻を呼び、スノーライトとムーンライトが混じり合い、うねる空間に全てを分解するプラズマを生じさせた。


 砕けていく剣には悔しさを滲まされるのだが、そればかりを見て入られない。


 ――直撃はしてない!


 無傷では終わらず、インフェルノやダイヤモンドダストで受けたダメージと共に身体を蝕むが、それで膝を折る孝介ではない――なくなった。


「ジャッジメント――審判の記憶!」


 そこへ追加される稲妻の《導》は、剣に乗せた《導》ではなく手掌しゅしょうから放たれた。


 それに対する手は、殆どない。


 ――耐えろ!


 歯を食い縛り、身体の中に張った障壁への《方》を増やす。陽大は、これ以上のものに耐えたのだ。


 同じ障壁の《方》があり、また陽大の身体を守ったものと同じく、安土あづちが用意してくれた衣装は防御力を持っている。ルゥウシェは気休めだと嗤うのだろうが、その気休めで首の皮一枚が繋がればいい。


「ブロッサムライト――花の記憶!」


 その稲妻を切り裂く、ルウウシェの横薙ぎ。


 ――かわせェッ!


 孝介は身を捻り、残されていた鞘で間隙を作る。身体の限界がどこなのかすら、もう分からない。ただ四肢が繋がっているならば、姿形がどうなろうと知った事ではないと《方》を動かす。


 斬撃は鞘を犠牲にして躱す事ができたが、《導》の光は花吹雪のように舞い散り、稲妻を包む込むと、巨大に膨れあがった。


「シャイン――雪月花せつげっかの記憶!」


 4つの《導》が混じり合った、それこそがルゥウシェの切り札へと繋がる輝きだ。


 ルゥウシェの身体が飛翔する。


「リメンバランス!」


 5つ目の《導》は、ルゥウシェの身体に限界を告げるよう、悲鳴をあげさせる。血が沸騰するかのような熱が体中を駆け巡り、裂けよとばかりに暴れる。


 視界は真っ赤に染まり、一瞬の後、暗黒に転じようとする。


「バッシュ……」


 ルゥウシェは縋った。


「バッシュ、私に力を貸して……!」


 初戦の勝利を、自らの命で掴み取った愛する男の名前。


「ソロモン――魔術王の記憶!」


 シャインの輝きへ放てば、何物の存在値も許さない破壊の場を作るはずだ。


 だがシャインの輝きの中、天へと起立する剣がある。

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