第17話「天王山」
結界を打ち破るというのだから、人に当てた時と同等以上の衝撃が来るかとおもっていた
「?」
だが違和感は空振りした事に加え、自分の後から入ってきた梓がギリギリだったと感じさせられた事の二つが原因だ。
「結界が閉じましたね」
視線だけ振り向かせた
――結界内の情報は何一つ、外に出すつもりがないという事でしょうね。
援軍を防ぐためのものでもあるのだから当然だと自分にいい聞かせ、梓は服の裾についた埃を払った。
「行きましょう。鍵がかかっていたら、ぶち破ってしまえばいいですから」
乱暴な言葉を口にする梓だが、ここは当主の結界の中――玄関のドアを粉砕しようと、勝手口から忍び込もうと当主に把握されるのだから同じ事と思っている。
「あァ」
察した陽大は、玄関の分厚いドアにφ-Nullエルボーを叩き込んだのだった。
「大きな音がした方が、
それすら当主の手の内にあり、
結界の外と内で、どれくらいの時間がずれているのか分からないと梓はいった。
止まっているという事はないが、援軍対策のためなのだから、外で悠々と時間を使っていたのでは中では何日も経過しているという状況の方が当主にとって有利なはずだという見当をつけて。
それは正解だった。
――慣れてきた頃に、疲れが出てくる!
会は重くなってきた身体に苛立ちを隠せなくなってきた。こんな状況であるから、日付や時間まで正確に把握する事は不可能だが、丸三日は経過しているはずというのが体感だった。
幸いだった事は、ここが屋敷であり、水と食料が確保できるという点か。
「不眠不休は、同じ条件ですよ」
当主の声が会の耳を打つように聞こえる。
「!」
槍を構えて声の下方向を探る会。当主が反射神経だけで会の攻撃を凌いでいるというのは、ある意味に於いては会に有利だった。
廊下の隅に姿が見えたかと思うと、当主の姿はいきなりアップになる。
今まで当主に討たれてきた姉妹は、これがコマ落としにしか見えなかっただろうが、会は
――感知できてる!
そして当主が振るう攻撃も、武道やスポーツを根底に持たないものというのも同じく。
殴りかかってきたとしかいいようのない、分類不能の拳は、どんな超スピードであっても会は避けられる。
――避けて、そして……!
槍を突き入れるが、この切り返し攻撃が当主には当たらない。
刃が刺されば決着なのだが当主は
今は身を
「!?」
会が与えた時間は息を呑む一瞬でしかないが、それでも隙は隙――しかも、このスピードの中での隙は場合によっては致命的になる。
――槍を捨てる!
会の判断は速かった。前蹴りでも放って振り解こうとしていたら、当主の拳が先に炸裂していたはずだ。
無手にはなるが、槍を捨てて無手になっても後退する。
そして当主に空振りさせれば、今度は当主が隙を
「このッ!」
会は肩口から体当たりする。狙いは大まかにしか付けていない。背中に当たればいいくらいで放った攻撃だ。
背骨は無理でも、肋骨でも肩甲骨でも折れてくれればいいとは思うが、それは幸運が手伝ってくれないと不可能。
「痛ッ」
事実、その時も当主に短い悲鳴をあげさせる事が精々で、取られていた槍を落とさせる事くらいしか効果はなかった。
――取れ!
槍を拾う会は、それを振るう事はなかった。
槍を持ち、文字通り逃げるように当主から離れる。拳が届くまでは会の間合いであるが、当主の姿を捉えられる立ち位置と槍の間合いとを一致させられていない。
間合いを計るためにも逃げる。槍は届かなくなるが、槍を届かせる事よりも命を繋げることの方が優先だ。
――まずは……!
そこからの攻撃は、会がこの戦いの中で何回も繰り返してきた事だ。
「そして、目眩ましして逃げ出しますか?」
流石に当主にも読まれていた。
「
バカにした口調を隠す事すらなく、当主は会に目を向け……、
本来はこそこで攻撃再開だったのかも知れないが、ドンッと空気を低く振動させた打撃音が二人を制した。
「!」
驚いた表情は、会よりも当主が強かった。
――侵入者? 結界を破って?
梓の顔が思い浮かぶが、人工島から屋敷まで来るには早すぎる。
「不可能だと思った瞬間、負けますよ」
この声は、当主の横っ面に振るわれた平手に等しい衝撃をもたらした。
「
梓の《導》は、屋敷の中でも無にはできない。
「
梓が来る。
そして陽大も。
「
その場の全員を縛り付ける陽大の《導》が広がった。
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