第27話「最終戦――2対2」

 次戦を2対2のチーム戦とし、勝者の側に2勝を与える――。


「有り得ません」


 安土あづちは吐き捨てたかったが、歯軋はぎしりの中に声を隠す事しかできなかった。


 乙矢おとや弓削ゆげを待つのが得策であるのに、この一戦で全てを決してしまうようなやり方は有り得ない。


 だが吐き捨てる事ができなかったのは、残った二人の内、真弓まゆみが乗り気になってしまったからだ。


「飲んで!」


 元より乙矢と弓削が来たとしても、ルゥウシェの前へは自分が立つと決めていた真弓だ。


「ルゥウシェが出てくるなら、私が出ます!」


 その一敗で勝敗が決してしまう今、自分が確実にルゥウシェと戦えるのは、次の一戦にルゥウシェが出て来た時だけだ。チーム戦は飲めないからと突っぱねて、代わりに出てくるのが石井かアヤ、戦うのが孝介こうすけではダメなのだ。孝介が負ければ、真弓も戦う権利を失ってしまう。


 小川は利用した。


 ――飲むしかねェんだよ!


 小川が嘲笑を向ける。


 だが安土には歯軋りするばかりで打てる手などはなく、粛々と飲むしかない。飲まなければ空中分解が待っているだけだ。


 ――半死人を舞台に上げるか? 上野こうずけや石井を、的場まとば孝介こうすけが破れると? 久保居くぼい真弓まゆみはルゥウシェ以外とは戦わないだろう?


 順当にいくならば、チーム戦を断って、通常通り1対1の舞台に真弓を上げ、できるだけ時間を稼ぐのが順当な手段だ。


 ――時間を稼いで、乙矢さんが到着した時点で乱入してでも勝利を収める。次戦は弓削さんで締めてしまう……。


 勝算があるとすれば、これしかないのだ。


 しかし真弓の気質と、ルゥウシェの執念がそれをさせなかった。


「~ッ!」


 声にならない呻き声と共に、安土は自分の膝を叩いた。


「……孝介くん……」


 そして孝介へ声を向ける。


「……行けますか?」


 安土の声が震えていた。失敗が見えてしまっているからだ。孝介の状態は悪い。本来ならば、補欠扱いだった。矢矯、弓削、乙矢が3勝すれば、後の1勝は何とかなるはずだったのだから。


 孝介を出さなければならなくなった。


 ――それも、連携なんて取れそうにない久保居さんと……!


 真弓の強さは神名かなに匹敵するのかも知れないが、ルゥウシェしか見えていないような状態で、ルゥウシェとは親友といっていい関係だという石井とのコンビに対抗できるとは思えない。


 孝介は――、


「行きます」


 剣を杖代わりにして立ち上がった。


 了承が取れれば、スタジアムにユーロビートが鳴り響き、赤いカクテルレーザが舞った。





 ユーロビートと共にステージへ上がる二人を見ながら、小川はほくそ笑んだ。


 ――やっぱり、全然、ダメじゃないか。


 特に孝介の足取りが重いと感じていた。雅と戦いで負ったダメージが抜けきっていない。その上、石井の呪詛も弱まってはいない。


 ――姉が使った《方》は、どうやら使えないようだな。


 仁和は矢矯から呪詛への対抗手段を習っていたが、その手段を孝介が身に着けていない事は明白だった。


 ――その上、あの久保居真弓の様子だと、まぁ、時間稼ぎのつもりはないんだろうな。


 真弓がルゥウシェを凝視している様子も見て取れる。


 ――最も懸念すべき事態だ。避けれるのならいい。


 乙矢と弓削が戻ってきた段階で、乱入から総力戦へ移行されては貯まらないが、そのために必要なのは何を置いても時間稼ぎなのだが、その考えはないと見た。


 ――こちらの勝ちだ。


 小川の笑みと共に、カクテルレーザと曲が入れ替わる。


 スモーク、それを切り裂く青いカクテルレーザ。


 シンフォニックメタルが響き渡る中、ルゥウシェと石井が姿を見せた。


 はじめを葬った時と同じく侍を思わせる甲冑姿のルゥウシェと、それに合わせるかのように黒い半首、手甲と脚絆、鎖帷子という姿の石井だ。


 青いレーザと白いスモークの中であるから目立つ色使いではないのだが、その存在感は目立った。


 歓声が上がるのは、2対2で照射の側へ2勝が渡るという事は、これが最終戦になったからだろうか。


「すみませんね」


 歓声に掻き消されそうになる声でだったが、小川はアヤに謝罪した。アヤも矢矯への復讐戦を望んでいたのだがね蚊帳の外へ出されてしまった形になっていた。


「別に構いませんよ」


 言葉とは裏腹に、アヤの口調は苛立ちを隠し切れていない。


 ――済し崩し、場当たり……。何なんだ。


 場を仕切っている小川への言葉は噛み砕いて隠すが。


「すみません」


 その苛立ちを感じ取って尚、小川は会話を打ち切った。


 ――言質は取った。


 後で荒れて大暴れするのだろうが、それは小川の知った事ではないし、安土と違い、小川の世話人としてのスタンスはビジネスライクだ。今日の舞台が終われば、もうルゥウシェやアヤにも用はない。


 自身の失点は回復される――禊ぎは終わりだ。


 もう小川の目が向けられるのは、2組四人が上がったステージだけだ。


 藍色の革鎧で揃えている孝介と、白いキャミソールの上から若草色のベストを羽織り、同系色のハーフパンツ、足下にはモカシンという姿の真弓が、どう血祭りに上げられるか、それだけしか気にしない。


 4人を下げさせる審判は、もうどちら側へも警戒を強くしている。バッシュの事に加え、神名の事もある。


 ――最終戦となれば、もう何でもありだろう!


 下がらせたら良いのか悪いのかすら迷わされる。距離が離れれば、バッシュと同じ《導》を持つルゥウシェが、近くなれば神名と同様の《方》を持つ孝介がいるのだから。


 ――ええい!


 命がかかっているが、審判は最後、「どうにでもなれ」という言葉を導き出した。



 真剣と等閑なおざりとがぶつかる空間に、「開始」という合図があった。

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