第5戦

第26話「最終戦への道――4対5」

 勝利宣言を聞いた神名かなも、自分の足ではステージから降りられなかった。自力では立つ事すらも怪しい麻痺した身体だ。《方》をコントロールできなくなれば、立つ事すらも覚束ない。


内竹うちだけさん!」


 安土あづちが慌てて駆け寄り、真弓まゆみに手を貸すよう伝えた。男手が欲しい所であるが、はじめは消耗が激しく、孝介こうすけは出番まで仕事はさせたくない。


「はい!」


 真弓も、そこはわかっていた。


 安土と左右から抱きかかえ、ステージから下ろす。


「すみません」


 神名が掠れた声で謝った。窒息死寸前まで首を絞められ、そのまま弛緩しかんしてしまった身体を酷使した。《方》の源は血中の微小タンパク質なのだから、血流が滞った状態では無理も出てくる。


 礼よりも先に、迷惑を掛ける事を謝ってしまうのは、神名の性分だ。神名とて、ほめめられる事の少ない人生を送ってきた。


「何いってるんです。勝ったんですよ」


 真弓は心持ち大きな声で告げた。何もかもをかなぐり捨てた勝利だったが、勝利は勝利だ。


にもかくにも2連勝ですよ」


 安土も十分な戦果を挙げたと頷く。六家りっけ二十三派にじゅうさんぱともから奪い取ったのだ。


「形としては五分です!」


 安土が一際、大声を張り上げたのは、小川陣営へ聞こえるように、だ。


 ――ここからが本番、ここからが地獄と思って送り出したんでしょうけど、出鼻をくじきましたよ!


 言葉にできるだけ、挑発の言葉を上乗せしたつもりだった。


 その挑発は神名にも聞こえてしまう。


「ボロボロになるまでやっても頑張ったって評価してくれない世界にいた子が、いるから」


 それでも神名は、この勝利だけは譲れなかったのだ。



 苦しんで死ぬ事しか望まれなかった陽大あきひろ渇望かつぼうした勝利だ。



 矢矯がいった「ある条件が付いた時、女は全ての制約を投げ捨てられる」という状態だった。


「……ええ、これで残り2勝を、乙矢おとやさんと弓削ゆげさんに任せる事もできます」


 こちらの二枚看板が戻ってくれば勝てる――基の横に神名を座らせながら、安土はゆっくりと頷いた。


「連絡を取ります」


 真弓がスマートフォンを取り出す。五分の星数になった所で、乙矢と弓削が揃えば文句はない。


葉月はづきさん? 今、どこですか?」


 だが期待していた言葉は聞けなかった。


「まだ北県に入った所よ。案の定、2号線は渋滞してる。弓削さんとの合流まで、まだ5分やそこらはかかるわ」


 電話から乙矢の声と共に聞こえてくるのは、騒がしいエンジン音だった。乙矢のバイクだろう。


「弓削さんの車を放置してもいいなら話が早くなるけど、そういう訳にもいかないでしょう。商売してるんだから」


「そうですか。できるだけ急いでくれたらって、みんな思ってます」


 いわれるまでもないだろうと思いながらも、真弓はいった。


「頑張る」


 乙矢も、真弓がどう思っているかは分かる。何も戦いたくないからいっている言葉ではない。


 真弓は戦いたくないといっているのではない。



 真弓が戦いたい相手は、ルゥウシェだからだ。



 ――鳥打くんの仇を取るって決めてるんだから。


 神名が陽大の雪辱を果たしたように、真弓は基の雪辱を果たしたい。


 真弓が睨む視線の先には、座っているルゥウシェがいた。





「姑息な手段でかすめ取っただけだろうが!」


 この怒鳴り声はアヤだ。神名が降参する意志を示していた事は、アヤやルゥウシェからは見えていた。


「降参したフリ、審判に《導》を叩き込んで隙を作る……姑息な!」


 最初に審判を巻き込んで勝利を掴んだのは小川陣営であるが、そんな事を気にするアヤではない。


 思う事は、神名や陽大ならば、卑怯な手段で勝利をかっさらうのは常套手段だ、くらいなものだ。


「まぁ、まぁ」


 小川がいきり立つアヤを宥める。形としては五分だが、状況としては矢矯がいないのだから3対2だ。


「互角といっても、立場はあちらが悪いですよ」


 五分ではないのは、星の数だけではないという小川は、座ろうとしないアヤに落ち着けとジェスチャーしつつ、座っているルゥウシェと石井を振り向いた。


「次は、こちらが先発ですから」


 小川はフッと微笑を作った。


 しかし向けられているルゥウシェからの返事は短い。


「で?」


 一言ですらない、一文字だ。


 矢矯がいないのだから、ルゥウシェの腹は収まらない。矢矯を血祭りに上げる事を目的に出て来ているのだから。


「ちょっと曲げてお願いしたいんです。最終的には、ベクターを引きずり出す事に……ともすれば、今夜の内にベクターが飛び起きてくるかも知れない、いい手があるんです」


「今夜の内? 病院に担ぎ込まれたベクターが?」


 知っているんだぞと凄むルゥウシェであったが、小川は尚も笑みを強め、


「はい、絶対といってもいいかも知れません」


 魔法のような策があるとまでいえば、大袈裟かも知れないが。



「次の一戦、2対2のタッグにするんです」



「2対2?」


 鸚鵡返おうむがえしにするルゥウシェに対し、小川は安土陣営を指差した。


「あちらが出せる駒は、もう二人になっていますよ。ここで、石井さんとルゥウシェさんが出て行ってくれれば、的場孝介と久保居真弓の二人なら楽勝です」


 孝介と真弓だけだという小川だったが、石井はもう一人、乙矢を指差した。


「三人いる」


 孝介と真弓だけならば、確かに簡単だろう。足並みだって揃うまい。対するルゥウシェと石井ならば、共に雲家衛藤派の百識であるし、親友同士。息が合った連携も可能だ。


 だが乙矢と真弓ならば、分からない。


「いいえ、いいえ」


 しかし小川は大袈裟に手を振って否定した。


「あの乙矢、いつの間にか案山子に変わってますよ。多分、遅刻してくる弓削を迎えに行ったんじゃないですかね?」


 魔法使い乙矢も、ピンポイントで警戒している相手の目を欺くのは不可能だったらしい。


「止めなかったの?」


 逃げるのを咎めなかったのかと抗議する石井であったが、またも小川は「いいえ、いいえ」と戯けるような否定を見せた。


「この状況、こちらに有利でしょう? 別に止めなくても。そして的場孝介です。もしも、ここでルゥウシェさんが奴に鳥打 基のような死に様をくれてやったら?」


 小川の顔に醜悪さが見えた。

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