第4話「北県へ来た三人」

 二人の勝利を、矢矯も控え室から見た。安心して見ていられなかった分、勝利宣言を聞いた時には胸をなで下ろした。


 ただ、二人が上段からの打ち下ろしに、ソニックブレイブと名付けていた事には苦笑させられたが。矢矯が振るった一撃を理想としており、そのスピードが音速と同じ時速1200キロである事から名付けたのだろう。


 ――分からなくもない。


 そんな言葉でお茶を濁すのは、矢矯には照れくささが勝ってしまうからだ。


「それにしても……」


 目を細める矢矯が、その脳裏に二人の一撃を思い浮かべる。



 二人は、圧倒的な力があると見せつける事で観客を味方にする、矢矯が理想とする勝ち方をした。



 ハッタリが効いたという面が強く、油断なく戦える敵とでは荷が勝ちすぎるが、順調な成果を見せていると言える。


 急所は急所故に捉えづらく、しかし手足は最も素早く動く場所であるから、やはり的確に命中させる事は難しい。


 それを熟せただけでも、今、孝介と仁和に求められるレベルに到達している。


 ――最も必要なのは、自分の感覚を確実にフィードバックする事、単一行動を確実に熟す堅実さだ。



 かつて矢矯がバッシュとの戦いを前に伝えた言葉が、二人に宿っている。



 派手さはない。


 しかし敵から戦闘力を奪うために必要な行動は、全て行えている。《方》による身体操作と感知――敵との間合いや重心の移動、手足や切っ先の位置――それら全てを統合して使えていれば、派手な《導》などなくとも戦えると言うのは、矢矯が身をもって知らしめている点だ。


 そんな矢矯の耳に、控え室へと戻ってくる足音が届いていた。


「お疲れ様」


 先回りしてドアを開けた矢矯は、無傷の二人に微笑みかけていた。


「ありがとうございます」


 孝介が笑みを見せていた。


 仁和にも言葉はないが、表情は同じだ。



 自分たちだけで、命を奪わずに勝利を取れた事は自信になる。



 初めての舞台で二人も殺す事になった仁和にとっては、それがより強いのかも知れない。


 ――孝介は、大丈夫。


 仁和の支えだ。


「死んだ人は帰ってこない」


 呟くように言った仁和の言葉だが、孝介も矢矯も聞いていた。


「……」


 無言の孝介も、その通りだと思っている。


 しかし――、



「治癒の《導》がいるな」



 矢矯が口に出した言葉は、軽い衝撃があった。


「そんな《導》が……?」


 いくら何でもと思う孝介であるが、矢矯は出任せを言った訳ではない。


「六家二十三派?」


「いやいや……そう言う《導》は嫌われるから。生き残りが今もいたら、だ」


 マイナーな《導》なのだと言う矢矯であるが、何故、マイナーか、「生き残りがいたら」という表現を使ったかは言わなかったし、殊更、孝介と仁和も聞かなかった。


「着替えて帰ろう」


 控え室に姉を入れ、孝介は後ろ手でドアを閉めた。





 これで制裁マッチの頻度は落ちる――、とは行かないのが現実だ。


 北県の空港に着陸する旅客機を、男が見ていた。


 170センチに届くか届かないかくらいの小男の名は、小川慎治。



 基とルゥウシェの一戦を執行した事で失地回復した小川は、「次」の準備に入ったのだ。



 そんな小川の横に、もう一人、ひょろりとした印象の女が佇んでいた。身長は小川よりも低く、150に達していないくらいだろうか。好対照と言うべきか、痩せている。ただ神経質そうに見えるのは、そればかりが原因ではないだろう。その相貌には、彼女を知る者ならば皆が感じている、隠しきれない頑迷さがあった。


 旅客機が滑走路から駐機場へと移動を始めたのを確認した後、小川は女を振り向いた。


「行きましょうか、上野こうずけさん」


 女の名を、上野こうずけアヤと言う。


 これが本名か偽名か、小川は知らないし、知る必要があるとも思っていない。



 重要なのは、彼女が強力な《導》を操れる百識である事だけだ。



 それは今、到着した旅客機に乗っている者も同様だ。


「379便は……」


 空港内へ入り、待ち人の乗った旅客機の客が潜る到着ゲートへと向かう小川は、プレートでも持ってくればよかったかと思った。


「必要ないですよ。顔見知りですから」


 小川を先回りして、アヤがゲートへ向かった。到着を待っている相手は二人。その片方と面識があった。


 ややあって、ゲートから旅行鞄を持った男女が現れる。


 こちらは、好対照とは言わないかも知れない。


 男は小川と同程度の身長であるから、決して長身とはいえず、また小太りの類いだ。腹が水枕のような膨れ方をしているのは、ビール腹ではなく不摂生から来る肥満だった。


 それに輪を掛けて、女は肥満と言っていい。最早、身体よりも図体と言った方が正確だった。身長は、こちらも150に漸く達したくらいか。


 アヤが黙って手を上げると、それを男の方が見つけた。


 女に何事かを告げ、二人が小走りにやってくる。


「こんにちは。お待たせしました」


 男は、まずはアヤに挨拶をした後、小川へ握手を求めるように手を伸ばした。


明津あくつ一朗いちろうです」


「初めまして。小川慎治。今回の世話人を刺せていただきます」


 明津と小川が握手を追えると、女の方も握手を求めて来た。


涼月すずき ともです」


「小川慎治です。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 那は小川の次は、アヤへも同じく握手を求めた。


「上野アヤです」


 四人がそれぞれ名乗った所で、小川は駐車場に車があると手を振った。


「今回、制裁マッチになるのは、2件です」


 その道々、小川は三人を集めた理由を話した。



「乱入で勝つような奴らが、三人2チーム、計六人いるんです」



 次に小川が手がけるのは、的場姉弟と矢矯のチームと、弓削、神名、陽大のチームの、二つともだ。


「それは、多いですね」


 那が不愉快そうな顔をしていた。

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