第3話「SonicBrave」

 赤と青ならば赤が格上とされているが、的場姉弟や基が赤側になるのは、悪役は待ち構えている方が良いとまで思っている者がいるのかも知れない。


「考えすぎか」


 そんな弟の呟きに、仁和は視線だけでも振り向けさせられた。


「考えすぎ?」


「俺たちは悪役って事だよ。待ち構えてる方が似合ってるから、先に出されてるのかなって」


「まさか」


 仁和はくすりとした後、視線を元に戻した。矢矯の衣装は赤と黒のツートン、自分の衣装は臙脂色が基調になっているが、それが理由ではあるまい。孝介は藍色が基調となっているし、そもそも用意したのは安土で、着る事を強制されていない。


 そんな事を考えるのは、今、必要な事ではない。


 ――緊張感、緊張感。


 孝介との会話が現実逃避したい気持ちの表れである、と仁和も自覚した。



 矢矯がいない事に対する不安だ。



 矢矯がいれば間違いなく勝てると、頼りたい衝動があるからだ。


 眼前を歩いてくる相手は二人。2対2で設定されている。それを3対2にはできない。


 乱入が三度となれば、それとて問題だ。


 ――ベクターさんは観客を黙らせられるけど、私たちには無理。


 矢矯の評価とて、そう高いものではない。強さはどうあれ、《導》が使えない矢矯は、ルゥウシェ、バッシュ、美星よりも評価で劣るのだから。もし矢矯の評価が高ければ、まだ制裁マッチが続くなどという事はなかったはずだ。


「俺たちだけでも、多少はやれるって思わせる必要がある……って事だろ」


 また孝介が仁和の考えを読んだような言葉を口に出した。



 そのために安土は矢矯を二人に紹介し、鍛えさせた。



 それを発揮するだけだ――今は孝介の方が腹を括れていた。


「そうね」


 相手がステージに昇る。


 それが開始の合図となるのは孝介の初戦で示されているが、今は違う。


「……」


 ステージの中央で、手を振る男がいる。



 審判だ。



 的場姉弟の乱入を防ぐ手の二つ目が、目に見える形でジャッジする事だった。


 その審判は対戦相手には「進め」と手を振り、的場姉弟へは「止まれ」と手を翳していた。


 審判の振っていた手が止まると、互いに得物の柄に手を掛ける。


 始めの合図がないため、抜くまでには至らないが、手に柄の感触を感じると嫌でも緊張感が強くなり、重圧へと変わってしまう。


 それを審判も狙っている。


 待っているのは、的場姉弟の感じている重圧がピークに達する時だ。


「……始めろ!」


 合図は唐突だった。


「!」


「!」


 孝介と仁和は刀を抜きながら、後ろへ飛び退いた。相撲ではないのだから、合図と共に前進する必要はない。


 そして対戦相手も、最初の接触が交叉になるとは思っていない。


 ――差し手争いか。


 武器を構えながら様子見に入った。


 対戦相手の思考は単純に推移していく。


 刀という使いにくい武器を、どの程度、使えるのか?


 間合いは?


 侵入する術は?


 ――掴めてる!


 的場姉弟の能力は、美星を斬った時に把握している。技量は上がろうとも、能力が分かれば無力化できるというのが、百識の常識だ。


 ――攻撃力は武器に頼っているだけ。スピードだけだ。


 当たるものかと言うのが、二人の出している結論だった。


 それは――、孝介と仁和にとっては共通した認識をもたらした。



 ――隙だ!



 本来、「慎重になる」とは、見下す事ではないし、高を括る事でもない。


「我が刃――」


 大上段に構えながら、孝介が言う。


「極限まで研ぎ澄ませれば――」


 仁和も同じく。


「断ち切れぬものなど、ない!


 それこそが、矢矯が始めて二人に見せた一撃だ。



 一瞬にして、孝介と仁和は間合いを詰めた。



 ――ソニックブレイブ!


 二人が身に着けた必殺技とも言える攻撃だ。


 矢矯の最大戦速である時速1200キロには及ばないが、二人のスピードも群を抜くと言う表現すら相応しくないような超高速だった。


 最高速まで一気に加速するだけの身体操作を身に着けている二人にとって、様子見という選択をしてしまった対戦相手は棒立ちも同然だった。


 振り下される二人の刀が描く軌跡は、袈裟と逆袈裟。



 意図した訳ではないが勝利を意味するV字となった。



 片手と片足を切り落とす。


 倒れた二人に対し――残酷であるとも思うのだが――孝介は傷口を踏み付けるように蹴る。


「俺たちの戦い方は、右か左か腹を決めて、かかっていくだけだ!」


 仁和も同様に踏み付け、


「それすら選べないなら、とっとと舞台から降りなさい!」


 戦う気がないと決めつけた言い方をするのは、圧倒的な勝利である、と演出するためだ。



 二人が知恵を絞った、命を奪わない勝利の方法が、これだった。



 観客が沸く。


 矢矯の弟子だと思わせるに十分な光景だった。


「お、おい……」


 対戦相手は倒れたまま、残された片手を審判へと伸ばすのだが、片足では立ち上がる事もできない。


 立てないのならば、観客の声をそのままだ。


「レッド!」


 審判は、孝介と仁和の勝利を宣言した。

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