第5話「標的の選定」

 北県の空港から人工島までは、中央高速道路で一時間弱という距離だ。


 小川は三人を乗せた車を運転しつつ、簡単に今の状況を説明していた。


「片方は、デビュー戦で乱入、2戦目になる制裁マッチでは、堂々と乱入する宣言をして勝利……ですか」


 那は眉根を寄せ、車に乗る前から不愉快そうだった表情を、益々、強めていた。


「もう片方は……、生きる価値もないような相手ですね」


 小川から提供されたデータをタブレットで見ながら、アヤは隠すつもりのない不愉快さを全身で表していた。


 小川がルームミラー越しに見た所では、アヤが膝に置いたタブレットに表示させているのは陽大のデータだ。


 ――そうだろう。


 小川が三人をぶつけたい順序は、陽大、弓削、神名のチームが先だ。もう片方は、矢矯を仇と思っているルゥウシェを優先する。陽大、弓削、神名の三人は、アヤ、明津、那の三人で当たり、孝介たちはルゥウシェ、バッシュ、美星の三人で当たってもらうのが理想だった。


「折角、少年法なんて悪法を廃止してくれたのに、未だにのさばってる犯罪者が」


 吐き捨てると言う表現そのままに、アヤは言葉を吐き出していた。それは陽大に対し、多くの者が抱いてきた感想であろうが、


「ゴミ箱の底でクソ垂れてるだけなら誰も何も言わないけど、のうのうと生きているなんて許せる人類がいるわけない」


 そこまでの事を口にするのは珍しい部類だ。


 とは言え、それを「酷い」と感じるメンタリティを持っている者などいない。元より、安土のように世間の評価を訝しむ者や、そんな側から説明されて納得する弓削は少数派だ。


「では、その三人との対戦を――」


 話が早いと言う小川であったが、反対の声は助手席から起こった。


「このベクターと言う奴、六家二十三派の百識を倒してる。こちらを先にすべき」


 そう言い出した明津は、助手席から後部座席へタブレットの画面を見せた。


 表示されているのは、ルゥウシェと矢矯の一戦。


「……雲家うんけ衛藤派えとうは


 那も知っていた。


 それもそのはず――。


「流石は、火家かけ上野派こうずけはと、海家かいけ涼月派すずきは



 小川が口にした通り、後部座席に乗っている二人は、六家二十三派の火家と海家に連なる百識だった。



 しかし、それは小川の目論見を外す要因でもある。


 ――しまった。六家二十三派の二人が、ルゥウシェを倒したと言う矢矯を無視できるはずがない。


 ハンドルを握る手に、僅かながら力が入る。


 ――マズい。


 ブッキングしてしまう。矢矯を自分ではない誰かが殺してしまったら、ルゥウシェの収まりが付かない。


 どう話を進めようかと迷ったのは一瞬だったが、好機を失う時は一瞬で十分だと言う事を思い知る。


「直近のデータもありますね」


 那がタブレットの画面を切り替えていた。


 昨夜の孝介と仁和の舞台だ。


 肝心の矢矯は参戦していないため、最新のデータと言えばバッシュとルゥウシェを斬った時のものしかなく、また一方的と言っていい戦いであったため、正確な戦力は割り出せない。


 しかし星取り戦ならば、二勝した方が勝ちだ。


「ふーん」


 那が小首を傾げるような仕草を交え、鼻先を笑うように鳴らした。


「こいつら、《導》はない?」


「ないです」


 小川は頷き、「まとめてあるページがありますよ」と告げた。


 ページを捲れば、的場姉弟の《方》について書かれたページが出てくるが――これは小川が見て纏めた者であるから、正確とは言えない。


「身体強化、か」


 アヤが那と同様に、「ふーん」と唸る。矢矯の《方》については書かれていない。公表されている訳ではないし、小川は安土ほどは情報収集に心を砕いていないからだ。


 孝介と仁和が身に着けている《方》は、念動による身体操作ではなく、身体強化だと結論づけていた。


 ならば、アヤが抱く感想などわかりきっている。



「大した事ないですね」



 百識の序列は簡単だ。《導》が使えて標準だ。《方》しかないならば、それは「ないよりはまし」でしかない。


 百識の頂点たる六家二十三派にとって、新家の、しかも《方》しか使えない孝介や仁和など、百識ではない。


 ――マズい流れだ。


 切り替えなければ、と思った小川は、苛立ちを抑えるかのようにハンドルを指先で叩く。


 ――いや、待て! いいはずだ。


 どうすべきかと考えるが、回答はすぐに出た。



 ――同じだ! 矢矯を出させなければいい!



 今回、矢矯が出なかった理由は、そのための制裁マッチだからだ。


 孝介と仁和を、この三人でやればいい。


「決まりですね」


 小川の言葉を待つ事なく、明津がタブレットを操作し、孝介、仁和、矢矯の三人を表示させた。


「こいつらで」


 小川へ画面を示す。


 運転中の小川はハッキリと顔を向ける事はできなかったが、視線だけで確認し、頷いた。


「はい」


 返事をすると共に、車が減速に入る。


 人工島だ。

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