第7話「引き出した言葉」

 ルゥウシェが危険なファクターとなる事は間違いない。


 小川は、ルゥウシェと矢矯やはぎの因縁を、次の舞台から矢矯を排除する理由に使えると考えていた。


 ――ルゥウシェは、矢矯を自分で斬りたいはずだ。


 それがルゥウシェにとっての雪辱となるのだから、矢矯がアヤ、とも明津あくつとの戦いから排除されると言うのならば賛成するはずだ、というのが小川の読みだ。


 だが安土あづちは、ルゥウシェだけを見ていなかった。



 安土が見ていたのは「六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ」という存在そのもの。



 ルゥウシェは雲家うんけ衛藤派えとうは


 アヤは火家かけ上野派こうずけ


 とも海家かいけ涼月派すずきは


 それぞれ違う。



 ――そこが突破の鍵です。



 安土の思考は単純に完結する。


百識ひゃくしきの頂点は六家二十三派と言われています」


 何を今更、そして何故、今、この場で言うのだ、と思われるような事を口にしたのは、小川が再び孝介と仁和に制裁マッチを提案してきた場だった。


 安土がいる理由も、孝介こうすけたちの世話人としてねじ込んできた話であるから、場違いな者が発した場違いな言葉と受け止められても仕方がない。


 だが安土は構わずに続ける。


 言いたい事は、高々、二言三言に過ぎないのだから。



「その二十三派……どこが盟主たり得るのでしょうか?」



 六家二十三派に共通する事は、女系、女権というだけではなかった。


 プライドだ。



 異様に高いプライドは、他家に劣ると言われる事をとにかく嫌う。



 矢矯はルゥウシェを平らげた。


 それは雲家衛藤派を凌いだとも言える。


 それに対して何も思わないのかと言われれば、この上なく強くプライドを刺激する。


 火家上野派と海家涼月派が、雲家衛藤派に比べて上なのか下なのか――直に対決して確かめる事はできなくとも、矢矯を使えば容易いではないか、と安土は言ったのだ。


 それ以上にハッキリと言うのは――、


「ベクターを倒せる百識は、少なくとも六家二十三派に比肩する実力と考えてもよろしいですか?」


 この場に当主たちがいれば、我先にと「ベクター如きではありえないし、我らが他派に劣る訳がない」と発言しただろう。


 いや、当主でなくとも、言う。


「当主を倒したと言うのならば兎も角、ルゥウシェなんて雲家衛藤派でも下の下。ドロップアウトした相手でしょう」


 那が口を開いた。


「その《導》の力を比べるのならば兎も角、ドロップアウトした相手を倒したから、そのベクターとやらが雲家衛藤派よりも上とは浅薄せんぱくきわまりない。笑おうにも、笑えもしない馬鹿さ加減です。辛うじて、雲家衛藤派よりは上と言えたとしても、六家二十三派全てに勝てたとは言えない。馬鹿も休み休みにして」


「上の上は、こんな舞台には出て来ませんね」


 そこは安土も認める風な事を言う。当主が、こんな小銭しか稼げない舞台に出てくる訳がないのは知っている。


「なら、それが全て――」


 那が結論づけようとするのだが、そうはさせない。


「ベクター程度であれば、下の下でも十分と判断する程度の頭だ、と大声で宣伝したようなものです」


 挑発だ。


 それは、雲家衛藤派だけに対してではない。



「六家二十三派とは、他人を見下し、油断する悪癖あくへきでもあるのですか?」



 今、反論の言葉を重ねる事は、机上論だけを振りかざしているに過ぎない、と安土は言い切った。


 挑発としては安い。


 だが反論も安っぽいのでは、話にならない。


「そう思うのなら、そうなんでしょうね。あなたの中では、そうなんでしょう」


 アヤが言い返したが、それこそ反射的に言っただけに過ぎない。


「はい、私の中ではそうです」


 一番、簡単な方向へ向かってくれた、と安土は内心、ほくそ笑んでいた。


「そして、あの戦いを見た人、皆が思った事でしょう。ベクターの実力が上なのか、それとも六家二十三派の頭が悪いのか、あるいは両方か――」


 ダンッと床が踏み鳴らされた。


 アヤだ。


 立ち上がろうとしたのは、アヤだけではなく、那も同様だった。


 それ以上の反論は、ない。


「なら、上げてこい」


 一人、座ったまま動いていなかった明津は、安土を睨み付けていた。


 ――大物ぶってますか?


 視線を向ける安土は、その視線にあざけりが浮かんでしまわないよう、細心の注意を払っていた。安い挑発を繰り返し、安っぽい怒りを買ったのだから、なかなか苦労させられるのだが、


「3対3で、とは言わない。こちらは1でも2でもいい。そいつらは三人とも上げろ」


 証明してやるという言葉を引き出せたのだから、安土は――目に見える形で勝ち誇る訳にはいかないが――心中でガッツポーズを取った。


「はい。上げます。1対3でも、2対3でもいいというのならば、寧ろ喜んで」

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