第13話「出会った縁、出会った意味」

 人工島は埋立地だけでなく、メガフロートを使った浮島が存在する。


 メガフロートといえど「船」という考えから、建造時に船霊ふなだま勧請かんじょうされており、人工島完成後、それぞれの名を冠した神社が建立こんりゅうされた。



 その一つが三瀬さんぜ神社で、人工島のパワースポットして知られている。



 祭神は、このメガフロートの名にもなっている三瀬で、無論、船霊であるから女神だ。人工島建設の理念に従い、御利益は子孫繁栄、安全祈願となっている。


 神社の前には人工芝の広場があり、海を見る事のできる広場は人工島の癒やしという面もある。


「平日だから、人がいなくていい」


 広げたレジャーシートにバスケットを置きながら、乙矢は海へ向けて目を細めた。休日ならば様々なイベントが開かれる広場だが、平日の昼前と言えば人も疎らだ。


 基を学校から連れ出した後、乙矢は手軽な弁当を作り、この場へやって来た。


「何とかなった?」


 先に来ていた真弓が、潮風に靡かせられる髪に手をやりながら、小走りにやってくる。


「何とかなったと思うわ」


 概ね、自分が描いた絵図面通りだ、と乙矢は大きく両手で輪を作る。


「校長に、謝罪文を書面で寄越す事を承認させた。後日、全校朝礼で軽挙妄動を慎むように言う事も」


 完全勝利――とは言えない。谷校長の承諾は渋々だ。これで基の境遇が変わるとは思えないし、そもそも39/40のユートピアが終結する事も有り得ない。


 基への風当たりは強くなると考えた方が良いだろう。


「そっか」


 真弓も分かる方だ。


 しかし基の様子を見ていると、少しは溜飲が下がったと言う顔をしているのだから、何かしらの効果はあったのだ、と感じられる。


「さ、ちょっと早いけど、お昼にしましょ」


 レジャーシートに広げたバスケットの中から、小分けされたタッパーを取り出していく乙矢。


「そんなに色々とある訳じゃないけど」


「じゅーぶん!」


 レジャーシートに座る真弓は、基に手を振った。


「こっちに寄りなよ。葉月さん、料理が得意なのよ」


「そうなんですね」


 基も、まだ心に重いものを残してしまっているが、悲しい顔はない。


「あ、ごめん」


 しかし二人が期待した顔を見せると、乙矢は慌てた。


「おにぎりくらいしか作ってないの。後は、スーパーで買ってきたオードブル……」


 不味いと言う顔をする乙矢は、半ば冗談めかしている。そもそも料理が得意とは言い難く、人に出しても恥ずかしくないものではあるが、レストランで出せるレベルではない。それは真弓も分かった上で言っている。


「あははは」


 笑うのが、その証拠だ。


 そして笑う理由は、もう一つある。


「でも私は魔法があるの」


 乙矢が冗談めかしていった単語は、「魔法」――。


「魔法……ですか?」


 きょとんとした顔をする基に対し、乙矢は自分が作ったと言うおにぎりを詰め込んだタッパーを押しやった。


「これは、頑張ってる人は、必ず具入りのおにぎりを取る事になってるの」


「ヘェ……」


 唸る基だが、トリックは想像できている。


 ――全部、具入りなんだろうな。


 それでも自分を喜ばせるために作ってくれたと感じられるのは、今まで乙矢と真弓がしてきてくれた事を考えれば当然だ。


 しかし乙矢は、全部、具入りにしていない。


「そうでない人には、塩おにぎりね」


 塩おにぎりがあると言った。


「じゃ、鳥打くん、どれ食べる?」


 海苔を全面に巻いたおにぎりは、外から具が入っているかどうかを知る事はできない。


「じゃあ……これを……」


 遠慮がちに伸ばした手は、隅にある一個を取った。


「ちちんぷいぷい」


 その手に向かって、乙矢がクルクルと立てた指を回転させた。


「ビビデ・バビデ・ブゥ」


 それは今日、学校事務員へ向けた言葉だった。


「?」


 何があるんだ、と首を傾げる基だったが、乙矢が「食べてみて」と勧めると、


「あ……おかかだ……」


 おにぎりの中身はおかかだった。


「ほらね、頑張ってる鳥打くんは具入り。だから当然、鳥打くんを助けた私も――」


 と、選んだおにぎりを囓る真弓だったが、


「……塩……」


 具なしだ。


「まだお昼前。しかも平日。真弓ちゃんは、学校は?」


 当然だろうと言う乙矢だが、真弓にとっては当然ではない。


「えー……だって、今日くらい。心配だもん」


 基の事を心配するが故だ、と言えば、乙矢も「全く」と腰に手を当てて、「怒ったぞ」と言う風なポーズを取った。


「じゃあ、これが当たりだった?」


 二口目、三口目と食べ進める基だが、乙矢はフッと笑みを向け、


「まだまだ当たりはあるわよ。鳥打くんが選ぶのは、全部、当たり」


 そんな馬鹿なと思う基だが、乙矢は改めて嘯くように言った。



「魔法使い」



 魔法をかけるんだと言うのは、もう冗談だろうと真実だろうと、構わない。


 基にとって重要なものを、数多くくれた乙矢の言う言葉だ。



 笑顔が出る――十分ではないか。



「あの!」


 しかし聞いておきたい事はある。


「何で、力を貸してくれるんですか? 僕が頼んだからって言うのだけじゃないでしょう?」


 切っ掛けはそうだったかも知れないし、今日、保護者だと偽って学校へ乗り込んだ事も、乗りかかった船だからと言う理由かも知れない。


「……」


 乙矢は、基が求めている答えが、「成り行き」という理由でない事を感じ取っていた。


 ――さて、どう言うべきかしら?


 乙矢も考えてしまう事柄だったが、手を上げてくれたのは真弓だった。


「あのね」


 心なしか、声が弾んでいた。


 その理由とは――、


「私、托卵たくらんだったの」


 基の知らない単語が出て来た。


「だから、一人で何か抱え込んでる子と出会うって、何か、絶対に意味があるって思ったの」

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