第6話「快男児の失態」
――怖い!
一度、本当に死んでいるだけに、そこへ向かうかも知れないという恐怖は誰よりも知っている。
激痛も、それらが突然、途切れ、本当にいいたい事がいえなかった自分なのに、いっても無駄な事ばかり口にしてしまう恐怖……思い出すだけで身震いしてしまう。
それが自分の身に降りかかってくるならば、いくらでも耐えようがある。一度は落とした命であり、賭けた命なのだから。
しかし今、危険にさらされているのは、基たちが総出で命を張り、守った存在なのだ。
――
教室のプレートが視界に入った時、基は思わず叫びたくなった。
聡子に自分が来た事を知らせたかったが、本能を理性で押さえ込み、飲み込む。
――知らせちゃダメだ!
囮になれるならば兎も角、このタイミングで声をかけるのは悪手だ。
――もし本筈さんが隠れてたら、僕の方に走ってきたら最悪だ!
大きく足を鳴らすだけにしろ、と基は自分を律した。
――僕に気付け!
だが、「こっちへ来い」とはいいにくかった。
基が結界の《導》を使えるのは、
そんなものを持ってきていない。
ならば今、基が使える《導》は感知のみ。
――いいや、もう一個、ある。
制服の内ポケットに触れた基は、そこにある長細い感触を確かめた。
――その剣は、道具と思って組み立ててはならん。
感知の《方》を使って電装剣を作ろうとした際、
――道具ではなく、ただ一つ、自分のために生まれてくる新しい命だと思って作るのじゃよ。
電装剣は通常、振るう者が自らの《方》によって部品を集め、仕上げる。設計図や仕様書といったものは存在せず、同じものは二本と存在しない。適応しない者が、適応しない電装剣を使うと、まるで起動しないか、起動しても刃が短すぎて使い物にならなかったり、逆に長すぎて数秒で柄が燃え尽きてしまったり、また維持する事すらできなかったりといった不具合が起きる。
道具であるが、新しい命を作るつもりで作れ、という清の言葉は言い得て妙というべきだろう。
擬人化ではなく、そういった心づもりで作る事こそが肝要である――これは、今、聡子を狙って施設内に潜入してきた
――頼むよ。
自らの分身、相棒でもあると感じているからこそ、基は電装剣を持っていた。
とはいえ電装剣も、当たればこの世に物質として存在していものは全て断つ武器だが、基は当たる技術が拙い。矢矯のように感知の《方》と身体を連動させて剣術を使える訳ではない。
基礎的な振るい方は清から教わったが、
――
命中すれば必殺の剣技も、基の今の状態では望めない。
――奇襲!
それしかないと覚悟を決め、基は感知の《方》を全開にした。
捉えた姿は……、
「!?」
基に息を呑ませた。明津の姿よりも、床に倒れたり、教卓や掃除用ロッカーに隠れた同級生を先に見つけてしまう。
「……誰か、取って……」
床に
――取って?
主語が省略された
切断された耳だ。
後ろから前へ引っ張っただけでもちぎれてしまう事があるのだから、電装剣や石井の日本刀を使えば、振り回しているだけに等しい明津の腕でも切断できる。
教室内に倒れている同級生は、皆、そんな状態だった。
――ぐぐッ……。
基は
――落ち着け! 落ち着け!
自分にいい聞かせるように繰り返す基だったが、弱点が覗き始めていた。
流血に対する耐性がない。
明津の姿も感知の《方》が捉えているのに、それよりも倒れている同級生に意識を向けてしまう。
ここで意識を逸らすのは、教室の全景を捉えようという狙いではなく、逃げだった。
そして意識を逃がした先で、教室の隅に固まっている女子の集団を見つけてしまう。
「!?」
もう一度、基は強く息を呑まされた。
その集団は聡子のクラスの中心にいる連中で、聡子がいたからだ。
「いやッ!」
女子が一人、聡子の背を突き、教室の中心へと突き飛ばした。
当然、基の意識も移る。
「おろろ」
そこには
「今のうちに――」
聡子を突き飛ばした女子が、背後のクラスメートに声をかける。
「逃げろ!」
足を縺れさせながら教室から出て行く女子だが、その間は最悪だった。
「
怒りの叫び声と悲鳴を混じらせたような大声と共に、基は教室に飛び込もうとしたのだから。
衝突する。
それでも基は女子を書き分け、
「鳥打ィィィ!」
転ばされた女子が恨みの声をあげるのだが、基を追って教室内へ戻る気はなかった。廊下を這いずってでも逃げ出す。
「おろろろ」
明津は笑みを強めた。
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