第7話「1対1は初」
――向こうから来るとはね。
教室に飛び込んできた
――動けるのは15分か20分くらいと思っていたんだがね。
最初に忍び込んだ教室に
「
日本刀を握る明津の手に、自然と力が入っていた。
5分とかからず二人と出会ったのだから、警察がくるにせよ教員が取り押さえに来るにせよ、いくらかの時間的な余裕がある。
明津の手にあるのは人を殺せる道具なのだから、例え――、
「1分でも無限大だ」
明津が嘲笑を交えながら口にしたセリフは、苦汁を飲む羽目になった
瞬殺は舞台でよく起こるものだ。互いに相手を殺す気で登り、殺すに十分な威力のある刃や、過剰としかいい様のない《導》を振るうのだから。
――こいつを斬る。
捕らぬ狸の皮算用でしかないが、明津はそういう算段を立てていた。
――1対1なら楽勝だ!
眼前に基しかいない事に、明津は色めき立っていた。
まさか学校までペテルやカミーラを連れてきてはいまい、という読みは当たった。
そして基が《導》をコントロールする機材を持っていないという予想も当たっている。
「汚名返上だ!」
「ッ」
基は歯を食い縛り、唯一、持っている攻撃手段である電装剣を両手で持った。
――何かに跨がるつもりで足を開いて、腰を落とす。内股に力を入れて、敵は肩越しに見る。
もう不格好とはいえない佇まいとなっているが、明津にとっては屈辱を思い出す構えだ。
――
――落ち着け、落ち着け!
構えている基は、重心が地球の中心へ繋がった感覚とは無縁だった。天地を繋ぐ事を清は奥義だといった。天地を繋げる山であるから山家本筈派だが、今の基は山とは――巨峰とはいい難い。
基の焦りが完成を阻んでいた。流血に対する耐性、自分が万全ではない事、背後にいる聡子の存在――その全てが、今まで二度、経験してきた舞台よりも緊張を強いている。
「
明津が徴発を重ねた。
「変幻自在、どこへでも神速を見せられる
「知らない」
基が挑発に乗った。剣道の経験などないし、古流剣術など尚更、ない。そもそも明津が使っているのが古流剣術かどうかの見極めもできないし、話半分に受け取ることこそ戦いの定石というものだが、基の焦りが誤らせた。
「じゃあ、勉強して帰れ。来世で役立つようにな!」
明津はにやりと笑い、日本刀を鞘に収めて脇に構えた。
「なら、小学生の僕でも知ってる事を教えてあげるよ。汚名は返上するものじゃない。返上って言葉は、チャンピオンベルトみたいな価値のあるものを目上に返す事なんだから」
よくある
「汚名は
基がその一言を大声で出せた事は、吹っ切る契機にもなった。それでも緊張は完全には解けないし、流血に対する恐怖の克服には至らないが、動ける身体は戻ってきた。
「ッ!」
小賢しいと明津は目を剥く。
「奥義にて、お前を
明津は自覚していなかったが、この流れは一度、あった。
――この世の真理は弱肉強食! 強い者が、弱い者を食う!
――ハン、違うだろ。
明津が矢矯に斬られた時だ。
――この世は、
矢矯も明津の言葉を否定した。その時と今とで言葉は前後するが、否定された明津は奥義を見せると宣言し、矢矯も切り札を見せた。
明津のいう奥義を基は知らない。
だが基も直感できる。
「
明津の右手が柄へ伸びた。
――居合い!
直感した基が対応できたのは奇跡の類いか。
基に勝因はなかった。
明津に敗因があったのだ。
「ッッッ!」
歯を食い縛っている基に、気合いの声はない。
基が選んだのは、清から騎馬立ちと同時に習った肩口からの体当たりだった。
本当に居合いの
だが明津は居合いを使えていなかったのだ。
伸ばされた右手は抜くだけで、左手での引きがなかった。右の抜きと左の引きがあったこそ、居合いは最大戦速に達する。それがないのでは、直接対決でペテルに放った剣閃・龍雷が逆になっただけだ。
基の踏み込みの方が速かった。
10歳の基であるが、その全体重を乗せた体当たりが、明津の肩から肘にかけて襲ったのだから堪らない。
――
そこで基は
――今なら結界がなくても!
両断できると右足を前へ踏み込ませる基だったが、そこに見た。
「北に
明津の背後に見える窓の外から、一人の女が《導》を向けていたのだ。
「今、
アヤだ。
「
アヤの《導》は龍の如く変化し、明津を額に乗せて立ち上がったのだった。
「さぁ、大逆転を始めよう!」
明津とアヤの声とが重なり、龍に乗る明津の手に黄色の光が伸びた。
電装剣だ。
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