第7話「高級な囚人の粗末な食事」

 ――まだ拘束中だったからな。


 小川がともを呼び出すのは簡単だった。


 舞台が終わったから、と那が北海道へ帰っていれば難しい部分もあったが、那は今も人工島にいる。


 ――舞台は秘密厳守。勝者よりも、敗者の扱いが面倒だからな。


 敗れた那が、腹いせに舞台の内容を暴露しようとするならば、それは絶対に阻止しなければならない。どれだけ命の価格がデフレに陥ろうとも、こんな舞台が合法になろうはずがないのだから。


 ――負けた方が生きている事なんて希なんだけどな。


 ミニバンのハンドルを握る小川は、よくよく特殊な事情だと苦笑いしていた。矢矯やはぎが舞台で人殺しをしていないのは知っているが、弓削ゆげ神名かなは違う。


 ――涼月すずき ともは、内竹うちだけ神名かながショボかったからだというだろうけどな。


 一理あるのかも知れないが、小川はふんと鼻を鳴らすに留める。神名も殺す気だったからこそ、封印していた毒の《導》を使ったし、鬼神乱撃陣きしんらんげきじん修羅夢想乱撃陣しゅらむそうらんげきじんを放った。


 殺す威力を秘めてこそ、やっと必死の相手を止められるが、それでも殺せないのが人というものだ。


 だが小川は、それが分かっていない。


 那が生きているのは、神名が弱かっただけだ、と断じている。


 神名が身に着けているものも、那が持っている治癒の《方》も知った事か、と唾棄すべきモノとして扱うのが小川だ。敗者である那の《方》は役立たずでなければならないし、犯罪者の娘である神名は優秀であってはならない、というのが信念を持つのだから。


 ――挽回できるかも知れないチャンスをやろう。


 舞台に上った者が収容されている病院の駐車場にミニバンを停め、小川はを見上げた。


 ――病棟。


 小川は笑ってしまう。聡子の伯母がそうであるように、舞台の医師は医師免許こそ持っているが開業届を出していない闇医者だ。


 外見はリゾートマンションといった佇まいだった。


 ――この外見、設備も、黙らせるためだしな。


 エントランスに立つ小川は口元を歪め、笑った。敗者こそが情報を漏らしやすいが、運営側がそれを阻止する実行力、遂行力を備えているから舞台は成立している。


 通常であれば、百識ひゃくしきに敗れた相手が存命である事は少ない。防御力を火力が上回る事が常であり、爆発やマイナス三桁の冷気が荒れ狂うのが舞台の常だ。


 死んでくれれば死人に口なしであるし、中途半端に生き残れば闇医者故に高額な医療費により、長い入院生活で雁字搦めにできる。


 ――自力で治せるから、随分、ストレス貯めてるだろうな。


 小川の想像は当たっている。那の場合、動けるようになれば全て自前で治せるのが問題といえば問題だった。


 死者こそ生き返らせる事ができないが、海家涼月派の《方》は斬り落とされた手足ならば元通りに接合してしまうし、凍らされて砕かれた、燃やされて肺になったとなっても、手間取るだけで回復させる事もできる。


 そもそも致命傷をもらっていなかった那であるから、今の身分をいうならば「高級な囚人」とでもいうべきか。


 ロビーの前にプールなどが目を引くのだが、ここに収容されている者でそれを使用する人間はいない。


 ウォーターフロントの高層階であるのだが、那は鼻を鳴らして一瞥するばかりだ。


 ――こんなの、3日もあれば飽きるわ。


 那にとって海とは故郷のものであり、人工島から見えるものなど海と呼ぶ気が起きない。ミニキッチンも備え付けられている2Kという間取りも一人では持て余し気味で、それが軟禁生活という境遇を嫌が応にも噛みしめさせているところだった。


 小川が訪ねた来たのは、そんな時でも救いとはいい難かっただろうが。


「こんなちは」


 モニターホン越しに会釈する小川へ、那は眉をひそめた。


「何か、ご用ですか?」


 言葉の端々にとげがあるのだから、会いたい顔ではない。


 それを承知した上で、小川はいう。


「お見舞いです」


 南県なんけんで有名な洋菓子店の箱を持ち上げてみせるが、それも那にとっては魅力的とはいい難い。


 ――海もケーキも、北海道出身の私に持ってきても仕方ないでしょうが。


 味にはうるさいぞという那だが、小川がケーキだけを手土産に来るはずがないと分かっている。


「どうぞ」


 オートロックを操作すると、程なくして小川がドアをノックした。


「お疲れさまです。これ、お見舞いです」


「置いておいて下さい」


 室内へ招き入れる那は、小川が持ってきたケーキなど適当に置いておけと顎をしゃくるだけだったが、小川もケーキはついでだ。


「毎日、ステーキとワインが出る生活は、いかがですか?」


 とはいえ、その言葉は皮肉だが。


 ――美星はルゥウシェの貧乏劇団を維持するという使命があるため、それを利用して縛れると判断されたが、そういった縛りができない涼月 那だ。気力を萎えさせる方策が取られている。食事もその一環だろ。


 そして小川の皮肉は効いた。


「不味いです。あんなもの、肉じゃありません。革靴でも食べてた方がマシですね」


「ははは、手厳しい」


 作り笑いを浮かべる小川は、自分で椅子を引いて座った。


「まぁ、不味い食事も仕方がない。今や六家りっけ二十三派にじゅうさんぱは看板のみ、あなた方の能力は――」


 作り笑いがなりひそめた。


新家しんけよりも下」


「!」


 那の目がつり上がり、小川は内心「チョロい」とほくそ笑んだ。


「その様子なら、逃げないですよね。ケンカを売ってくる新家がいるのですけど」


 那のプライドを刺激すればいい。


「そんなものに、いちいち付き合う義理は――」


「義理なんてないですよ。ただ、百識なんて恥ずかしくて名乗れなくなるでしょうけどね」


 そこで小川は大仰に、口元を押さえて見せる。


「ああ、失礼しました。百識でいる必要はなかったですね。旧帝大に在学しているんだから、学歴を活かせばいいんですから。百識に拘る必要なんて、どこにもない。当主になるより、官僚にでもなる方がずっといい」


 この言葉は、六家二十三派の百識へ真っ向から冷や水をかけるものだ。


「では、失礼します」


 立ち上がる小川は、真っ直ぐ玄関へ向かう。無論、計算の上でのポーズだ。


「待て!」


 その背に向かって那が怒鳴った。

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