第6話「身から出た錆というけれど……」
――次に狙うとすれば、
スマートフォンのメモ画面を見ながら小川は首を傾げていた。
疑問符がつくのは迷いがあるからだ。
明津以外は
だが総力戦となったあの戦いでの負傷を考えれば、また違った見方ができる。
――
全員、命を落としていないとはいえ、孝介は相手が意識を保っていられない程の激痛を与えた。アヤに関していうならば、それこそ乙矢は手加減していない。乙矢の
その点でいうならば、基の電装剣によって、しかも一撃だけされた明津は、治癒の《方》が使える那がいたため、もう回復している。
――
那は最も被害が少なく、そして治癒の《方》によって無傷に等しい回復を見せた。
いずれは那とも戦う必要があるが、それは今すぐではない。
――ルゥウシェ、
3人の名前を前に、小川は唸っていた。
どうにも煮詰まりそうにない、と集中力が途切れがちになった所へ響いてきた着信音は、小川から完全に決断する気力を奪った。
「はい、小川です」
「小川か。
名乗られはしたが、小川は「鳥飼?」と一度、首を傾げた。リバイン一党の名前と顔は、まだ完全一致していなかった。
しかし小川も世話人としての経験は深い。
「ああ、鳥飼さん」
相手が不信感を懐かない程度の時間で思い出し、何事もなかったかのように話し出す事ができる。
「次の標的は、まだ選定中です。それぞれ弱点が違うものですから」
レバインたちとの相性の問題もある。雅などは《導》すら持っていないのだから、もう一度、上がるというのであれば対戦相手は慎重に選ばなければならない。
「どうでもいい!」
そんな小川の気遣い――というのかどうかは不明であるが、少なくとも小川は気遣いだと思っている――を、鳥飼は真っ向から一刀両断にした。
「誰でもいいから、俺の前へ立たせろ。強さなんぞどうでもいい。一番、早く立たせられる奴だ」
一方的なモノ言いになるのは、今し方、
「……急ぐ理由があるんですか?」
顰めっ面をする小川は色々なものを整理する前に、鳥飼が油を注ぎ、火を付けてきた。
「どうでもいいだろ!
ポン引き――言い得て妙かも知れない。女系女権の百識は圧倒的に女性が多い。
「……本当に、誰でも医陰ですか? リバインさんかリベロンさんの許可は?」
チームのリーダーは二人だろうが、と聞き返す小川であるが、鳥飼は「関係ない!」と吐き捨てた。
「なら、すぐに調整に懸かります」
通話終了をタップした小川は、大きく溜息を吐いた。
画面表示はメモに戻ったが、そこは一瞥すらしない。
――誰でもいいなら、用意しよう。勝機を考えずに済むなら、用意は簡単だ。
そんな気分であるから、先程まで悩んでいた3人ではない。
鳥飼は小川にぶつけた乱暴な言葉が、どんな結果を呼ぶかなど考えていない。
正直、自分の事で手一杯だったからだ。
小川との通話を終えた画面には、その間に着信していた履歴がずらりと表示される。
事務所からだ。
当然、内容は分かっている。
――お前はセールスドライバーだろうが! 人身、物損、もらい事故、そんなものに関わらず報告するのは義務だ!
所長の厳しい叱責が耳に蘇ってきた。
「もらい事故なんて、知る訳がねェだろうが!」
思わず吐き捨てる。
――あれは、無茶なバックしてきた、あのクソが悪い! 俺は10対0の被害者だ!
それは形としては当然だ。停車している鳥飼の車に、神名の運転する車が当たったのだから。
だが事故の状況を映す車載カメラが搭載されていたとすれば、話は別だ。
明確に駐車する意思を表すハザードランプを点灯させた神名に対し、鳥飼は遮るように車をねじ込んだ。
これも違反ではない。
違反ではないが、明確なマナー違反だ。
マナー――所長が口を酸っぱくしていっているセールスドライバーが守らねばならない事。
その上、慰謝料を取ってやるから覚悟しろとまでいってしまっては、法的には兎も角として、素人が聞いたら完全に脅迫していると思ってしまう、
――もうトラックには乗せられない。
これは収入が減る事を意味する。ドライバーには各種手当てがなくが、内勤――ストックヤードの整理、品出しには何の手当も付かない。
一千万を超える分不相応な車に乗っている鳥飼にとって、それは死活問題となる。
ドライバーだからこそ蒼穹取りだったのだ。
それがトラックを下ろされるとなれば、この生活は維持できない。
「対戦相手、決めましたよ」
メッセンジャーアプリが、小川から送られたメッセージを表示させた。
「涼月 那です――」
鳥飼の相手は、唯一、快復した女だ。
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