第6話「身から出た錆というけれど……」

 石井いしいが《導》で創り上げた日本刀7つが、空島そらしま春日かすがの《導》に必要であるという。今、レバイン陣営に渡ったのは、バッシュ、美星メイシン、石井の3つ。


 ――次に狙うとすれば、明津あくつ一朗いちろうか?


 スマートフォンのメモ画面を見ながら小川は首を傾げていた。



 疑問符がつくのは迷いがあるからだ。



 明津以外は六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの女なのだから、能力が低い者から狙うとすれば明津が順当だ。


 だが総力戦となったあの戦いでの負傷を考えれば、また違った見方ができる。


 ――的場まとば孝介こうすけと戦ったルゥウシェ、乙矢おとや葉月はづきと戦った上野こうずけアヤは……まだ万全じゃない。


 全員、命を落としていないとはいえ、孝介は相手が意識を保っていられない程の激痛を与えた。アヤに関していうならば、それこそ乙矢は手加減していない。乙矢の波動砲レールガンはアヤの脾腹ひばらを貫いたのだから。


 その点でいうならば、基の電装剣によって、しかも一撃だけされた明津は、治癒の《方》が使える那がいたため、もう回復している。


 ――涼月すずぎ ともは論外か……。


 那は最も被害が少なく、そして治癒の《方》によって無傷に等しい回復を見せた。


 いずれは那とも戦う必要があるが、それは今すぐではない。


 ――ルゥウシェ、上野こうずけアヤ、明津一朗……。


 3人の名前を前に、小川は唸っていた。


 どうにも煮詰まりそうにない、と集中力が途切れがちになった所へ響いてきた着信音は、小川から完全に決断する気力を奪った。


「はい、小川です」


「小川か。鳥飼とりかいだけど」


 名乗られはしたが、小川は「鳥飼?」と一度、首を傾げた。リバイン一党の名前と顔は、まだ完全一致していなかった。


 しかし小川も世話人としての経験は深い。


「ああ、鳥飼さん」


 相手が不信感を懐かない程度の時間で思い出し、何事もなかったかのように話し出す事ができる。


「次の標的は、まだ選定中です。それぞれ弱点が違うものですから」


 レバインたちとの相性の問題もある。雅などは《導》すら持っていないのだから、もう一度、上がるというのであれば対戦相手は慎重に選ばなければならない。


「どうでもいい!」


 そんな小川の気遣い――というのかどうかは不明であるが、少なくとも小川は気遣いだと思っている――を、鳥飼は真っ向から一刀両断にした。


「誰でもいいから、俺の前へ立たせろ。強さなんぞどうでもいい。一番、早く立たせられる奴だ」


 一方的なモノ言いになるのは、今し方、弓削ゆげ神名かなに食らった一撃のせいだ。


「……急ぐ理由があるんですか?」


 顰めっ面をする小川は色々なものを整理する前に、鳥飼が油を注ぎ、火を付けてきた。


「どうでもいいだろ! 世話人せわにんは、百識ひゃくしきに相手を世話するポン引きだろうが!」


 ポン引き――言い得て妙かも知れない。女系女権の百識は圧倒的に女性が多い。


「……本当に、誰でも医陰ですか? リバインさんかリベロンさんの許可は?」


 チームのリーダーは二人だろうが、と聞き返す小川であるが、鳥飼は「関係ない!」と吐き捨てた。


「なら、すぐに調整に懸かります」


 通話終了をタップした小川は、大きく溜息を吐いた。


 画面表示はメモに戻ったが、そこは一瞥すらしない。


 ――誰でもいいなら、用意しよう。勝機を考えずに済むなら、用意は簡単だ。


 そんな気分であるから、先程まで悩んでいた3人ではない。




 鳥飼は小川にぶつけた乱暴な言葉が、どんな結果を呼ぶかなど考えていない。


 正直、自分の事で手一杯だったからだ。


 小川との通話を終えた画面には、その間に着信していた履歴がずらりと表示される。


 事務所からだ。


 当然、内容は分かっている。


 ――お前はセールスドライバーだろうが! 人身、物損、もらい事故、そんなものに関わらず報告するのは義務だ!


 所長の厳しい叱責が耳に蘇ってきた。


「もらい事故なんて、知る訳がねェだろうが!」


 思わず吐き捨てる。


 ――あれは、無茶なバックしてきた、あのクソが悪い! 俺は10対0の被害者だ!


 それは形としては当然だ。停車している鳥飼の車に、神名の運転する車が当たったのだから。


 だが事故の状況を映す車載カメラが搭載されていたとすれば、話は別だ。


 明確に駐車する意思を表すハザードランプを点灯させた神名に対し、鳥飼は遮るように車をねじ込んだ。


 これも違反ではない。


 違反ではないが、明確なマナー違反だ。


 マナー――所長が口を酸っぱくしていっているセールスドライバーが守らねばならない事。


 その上、慰謝料を取ってやるから覚悟しろとまでいってしまっては、法的には兎も角として、素人が聞いたら完全に脅迫していると思ってしまう、


 ――もうトラックには乗せられない。内勤ないきんしろ!


 これは収入が減る事を意味する。ドライバーには各種手当てがなくが、内勤――ストックヤードの整理、品出しには何の手当も付かない。


 一千万を超える分不相応な車に乗っている鳥飼にとって、それは死活問題となる。


 ドライバーだからこそ蒼穹取りだったのだ。


 それがトラックを下ろされるとなれば、この生活は維持できない。


 みやび、レバインが連勝し、落ち目になった六家二十三派を狩るのが、一番、効率が良い――そう考えるのは短絡的だが、最早、DEAD END行き止まりSTRANGLE雁字搦めだ。


「対戦相手、決めましたよ」


 メッセンジャーアプリが、小川から送られたメッセージを表示させた。



「涼月 那です――」



 鳥飼の相手は、唯一、快復した女だ。

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