第8話「どんぐりの背比べ」
廊下を歩く
「1対1だしな」
そう思う事と、口に出す事で自分を納得させようとするが、那は言葉にして冷静になれる性格ではない。
前回のスタジアムと比べるまでもない規模の会場であるから、廊下を出れば即、舞台となる。
花道に出た時に花火が打ち上がる、スモークが吹き出すといった演出も存在しない。
一言でいって、この舞台は
色に
――まったく、あんな男に。
那から見上げられる形になっている
「格好付け」
那も嘲笑で答えた。黒革のパンツに赤いベルトを二本巻き、白い丸襟のシャツに、丈が短く襟元にボアのついた革のジャンパーという出で立ちの鳥飼は、那の目から見れば売れないホストだ。
今の仕草も精一杯の見栄切りだろう、と那が思うのは、当たらずとも遠からず、だ。
鳥飼は那の嘲笑など意に介さない。
――持ってきてるな。
那が石井の刀を持ってきているかどうかだけが問題だ。
――
小川から事前に知らされていた情報から、石井が《導》で創り上げた刀を持ってくるかどうかは賭けだと思っていた。
――涼月 那の《方》は、過剰な回復させるよう、《方》を流し込んで身体に異変を生じさせる事。有効な距離はわかっていませんが、普通の治癒と違い、遠距離では十分な威力は発揮できないでしょうね。
那の《方》を見たのは二度。
だが小川は「できない」と断言した。
――そういう《方》は、致命傷を与える事は苦手ですからね。
それを理由にして。
――相手を苦しめるには向きますよ。痛みや感覚の喪失は、相手の戦力を奪い、苦しみを長引かせる……つまり、この舞台では最も歓迎される能力です。
だから結論が出せる。
――使わない手はない。
それでも使わなかったのは、治癒の《方》によって異常感覚を引き起こす攻撃は触れられるくらいの距離でなければ仕えないという事だ。
「我に策あり。勝機あり」
鳥飼は那の侮蔑に対し、それ以上の侮蔑を込めるつもりで睨み返した。
「それで、当たってるんですよね?」
小川は隣に座っている
「当たってますよ」
梓の返事は短い。
「それが《方》というものです」
「やはり《導》でないと見下している?」
その短さに、小川は当主争いからは脱落したとはいえ、六家二十三派に属していた梓故かと笑みを浮かべた。
「違いますよ。《方》だから弱い、《導》だから強いという単純な話ではないでしょう? 事実、あの涼月 那のチームを総なめにしたのは、殆どが《方》しか持っていない
梓は口調こそ淡々としているが、
「そもそも《方》と《導》の違いは、より具現化できるかどうかです。《方》を攻撃に転用しようとすれば、精々、光球にするくらいでしょう。でも、それはフワフワと綿菓子みたいに集めているだけで、石を投げた方が効率が良い代物です」
治癒の《方》も本質はその延長だ。海家涼月派の《方》は失われた器官を創造する事も可能であるが、エネルギーの発生と変化させる事しかできない。
「そんなエネルギーを、より具体的な炎や吹雪に変えられるのが《導》の攻撃です。治癒の《方》を大きくして攻撃するのなら、すぐに拡散してしまいますよ」
だから遠隔攻撃ができないという梓に対し、小川が「成る程」と短く返事をしたのは仕返しに見せかけた誤魔化しだった。梓の解説では、殆ど分かっていない。《方》で作り出した光球と、《導》で作り出すルゥウシェのリメンバランスやアヤのハロウィンとの違いがわかっていない。
「大体、治癒の《方》は、単独では怪我は治せても病気は治せませんから」
梓も、小川に理解させようとして説明している訳ではないのだから、無視して話を進める。
「失われた臓器を作り出せるからといって、病に冒された臓器を摘出する手術と併用しなければならないですから。不便な《方》なのですよ」
色々と問題、弱点のある《方》を、色々と手を入れ、悪いところに蓋をし、大変な無理をして攻撃に使っているから、梓は見下している。
――しわ寄せはいっぱい来てるのに、それを封じて、見ない振りをして、寄って集って人間をぶち壊すために振るっているのでは、治癒の《方》が泣きますよ。
梓は額に落ちてきた髪を掻き上げた。忌々しそうに見えてしまうその仕草には、那の入場曲に使われているビバップを不愉快に思っている心情がある。
――耳障りです。
動画サイトでは玄人裸足、神の足技といわれている那の演奏であるが、梓にはプロの演奏には程遠いと感じる程の不快感を押し付けられていた。
曲が終わる。
那が舞台に上がったのだ。
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