第10話「再現ならず――7対7」

 ユーロビートが流れる中、陽大あきひろが歩いて行く。初戦の時と同じだ。脚絆きゃはんと一体になった靴、黒い下穿したばき、白い袖無しの胴着風の上着を、黒い長袖シャツの上から着る。両腕には臙脂色えんじいろの手甲、額には鉢金。


 変則的な入場になるが、カクテルライトの光も赤だ。美星メイシンが好きだという青以外を、ルゥウシェたちは選ばない。


 入場に使われるユーロビートは陽大のオリジナルではなく、弓削ゆげと同様のものであるが、寧ろ好きだといえる曲だ。


 ――まぁ、変わらないよな。


 歩きながら、陽大は思う。


 初戦とて勝利の代償は命だけだった。陽大が得られたのは自らの生存が精々だ。


 今も勝利で得られるのは聡子の生存のみ。


 ――いや……。


 そう思った瞬間、思わず笑みがこぼれた。


 ――本当なら初戦は弓削さんだったかも知れないのか。で、俺は弓削さんの代わり。


 思いついたからだ。



 ――弓削さんは俺を助けようとした。で、俺は本筈もとはずさんを助けようとしてる。しかも弓削さんが立つかも知れなかった所に立って。



 これから行う事を考えれば、誇らしいなどという感情は相応しくない。道徳を場代に命を張るギャンブルの場など、誇れるものなど皆無だ。結果の如何に関わらず、道徳はすり減らされていく。


 それを体現しているのが、今、陽大を待ち構えている男。


 ――こいつかよ。


 いつもと変わらない、黒地に白いラインが入ったフード付きクロークコートに、太ももの膨らんだルーズパンツとサボシューズ、とんがり帽子という格好であるが、ただ一点、手にした日本刀だけが違う。


 その感触を確かめるように何度も左手を握り直しながら、バッシュは花道を見つめていた。


 ――今回は、本当にサボりか。


 歩いてくるのは陽大だが、バッシュが想定していたのは矢矯やはぎだった。弓削と矢矯が到着していないという情報は得ていたが、矢矯の事であるから遅れてくるのだろうと考えていた。


 やっと動くようになった四肢に目をやるのだから、バッシュも自身の仇は自身で取りたいという思いがある。まだ十分に動く身体とはいい難いのだが、バッシュの戦い方は肉弾戦にはない。


 間合いを広げ、《導》を使った攻撃を主とするバッシュには、日常生活ができる程度に動けば十分だ。


「まぁ、いい」


 そして迷いも振り切った。


 自分の役目はわかっている。



 陽大を殺し、アドバンテージを得る事だ。



 大舞台の一戦目は否応なく今後の勢い、流れを決める。


 ――名誉な事じゃないか。


 陽大とは対照的に、バッシュが抱いている感情はそうだった。


 陽大がステージに上がるが、最大戦速を発揮して間合いを詰めるような戦法は取れない。


 今回も乱入を防止する目的からか、審判がいる。審判は止まれと、双方に手をかざし、音楽をフェードアウトさせた。役目は精々、それくらいなものだが、その二点で十分、乱入と不意打ちの防止になる。


 審判が視線を行き来させ、タイミングを計る。


 陽大もバッシュも、瞬殺するタイプだ。合図と同時に攻撃に移るのは間違いない。


 逃げる算段を立ててから開始させなけば、特にバッシュの《導》は人を巻き込む。


「早くしろ」


 刀を柄に手をやるバッシュが苛立った声を出した。その動作が、いきなりリメンバランスでステージ上を火の上にしないと感じさせる。


 審判は手を振り上げ――、


「始め」


 振り下ろすと同時に後ろへ走った。リメンバランスが来ないとしても、バッシュの《導》は恐ろしい威力と範囲を誇る。


 陽大も勝機を見出すとすれば、矢矯と同じくスタートと同時に飛び込むしかない。


「ッッッ!」


 歯を食い縛り、陽大が踏み込む。矢矯に比べれば遅いとしても、平均時速100キロも出ればオリンピックの金メダリストよりも倍近く速いし、加速を加味すれば回避しがたいスピードとなる。ただ剣と無手という違いもあるため、陽大も楽勝とはいえないが。


 ――選択肢はこれだけだ!


 相手の行動に合わせて変えられる程、多彩な攻撃を持っていない陽大である。遮二無二しゃにむに、前へ出る。


 それに対してバッシュは、石井の日本刀を抜く。


 ――いいや、遅い!


 身体が十分、動いていない、と陽大は勝機を掴めると確信した。


 ――的場まとばが受けた呪詛は、その刀からだろ! くぐれるぞ!


 胸の中心にクリーンヒットさせられる。


 ――倒す!


 拳、そして肘で決着だと見た。


 間合いは遠くとも、十分な時間がある。


 バッシュは日本刀を振り上げようとしているのだから、その動きでは人を切れない。


「斬られるか、そんなもので!」


 怒鳴るように、叫ぶように、陽大が言葉をぶつけた。


 拳に言葉を追い掛けさせる。


 命中させるに十分な間があったはずだが、バッシュにもできる事があった。


 斬る事はできないバッシュだが――、


「ハンッ」



 狙わなければ日本刀を投げる事はできた。



「!?」


 陽大は急制動させられた。狙いなど付けられていないが、日本刀の刃には呪詛の《導》が宿っている。その効果は孝介を見ていれば分かる。それも掠めただけで効果を発揮するというのだから、陽大も退避を選ぶしかない。もっと強い感知の《方》があれば話は別だが。


「リメンバランス」


 そうして稼いだ一瞬の間で、バッシュがリメンバランスを発動させた。


「!?」


 息を呑まされる陽大だが、その一瞬で強力な攻撃はできない。バッシュも最大の攻撃は二呼吸、必要だ。


 故に発動させた《導》は、次に繋げるためのものだ。



「レイヴン――ワタリガラスの記憶」



 バッシュの身体は飛翔した。

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