第10話「再現ならず――7対7」
ユーロビートが流れる中、
変則的な入場になるが、カクテルライトの光も赤だ。
入場に使われるユーロビートは陽大のオリジナルではなく、
――まぁ、変わらないよな。
歩きながら、陽大は思う。
初戦とて勝利の代償は命だけだった。陽大が得られたのは自らの生存が精々だ。
今も勝利で得られるのは聡子の生存のみ。
――いや……。
そう思った瞬間、思わず笑みがこぼれた。
――本当なら初戦は弓削さんだったかも知れないのか。で、俺は弓削さんの代わり。
思いついたからだ。
――弓削さんは俺を助けようとした。で、俺は
これから行う事を考えれば、誇らしいなどという感情は相応しくない。道徳を場代に命を張るギャンブルの場など、誇れるものなど皆無だ。結果の如何に関わらず、道徳はすり減らされていく。
それを体現しているのが、今、陽大を待ち構えている男。
――こいつかよ。
いつもと変わらない、黒地に白いラインが入ったフード付きクロークコートに、太ももの膨らんだルーズパンツとサボシューズ、とんがり帽子という格好であるが、ただ一点、手にした日本刀だけが違う。
その感触を確かめるように何度も左手を握り直しながら、バッシュは花道を見つめていた。
――今回は、本当にサボりか。
歩いてくるのは陽大だが、バッシュが想定していたのは
やっと動くようになった四肢に目をやるのだから、バッシュも自身の仇は自身で取りたいという思いがある。まだ十分に動く身体とはいい難いのだが、バッシュの戦い方は肉弾戦にはない。
間合いを広げ、《導》を使った攻撃を主とするバッシュには、日常生活ができる程度に動けば十分だ。
「まぁ、いい」
そして迷いも振り切った。
自分の役目はわかっている。
陽大を殺し、アドバンテージを得る事だ。
大舞台の一戦目は否応なく今後の勢い、流れを決める。
――名誉な事じゃないか。
陽大とは対照的に、バッシュが抱いている感情はそうだった。
陽大がステージに上がるが、最大戦速を発揮して間合いを詰めるような戦法は取れない。
今回も乱入を防止する目的からか、審判がいる。審判は止まれと、双方に手を
審判が視線を行き来させ、タイミングを計る。
陽大もバッシュも、瞬殺するタイプだ。合図と同時に攻撃に移るのは間違いない。
逃げる算段を立ててから開始させなけば、特にバッシュの《導》は人を巻き込む。
「早くしろ」
刀を柄に手をやるバッシュが苛立った声を出した。その動作が、いきなりリメンバランスでステージ上を火の上にしないと感じさせる。
審判は手を振り上げ――、
「始め」
振り下ろすと同時に後ろへ走った。リメンバランスが来ないとしても、バッシュの《導》は恐ろしい威力と範囲を誇る。
陽大も勝機を見出すとすれば、矢矯と同じくスタートと同時に飛び込むしかない。
「ッッッ!」
歯を食い縛り、陽大が踏み込む。矢矯に比べれば遅いとしても、平均時速100キロも出ればオリンピックの金メダリストよりも倍近く速いし、加速を加味すれば回避しがたいスピードとなる。ただ剣と無手という違いもあるため、陽大も楽勝とはいえないが。
――選択肢はこれだけだ!
相手の行動に合わせて変えられる程、多彩な攻撃を持っていない陽大である。
それに対してバッシュは、石井の日本刀を抜く。
――いいや、遅い!
身体が十分、動いていない、と陽大は勝機を掴めると確信した。
――
胸の中心にクリーンヒットさせられる。
――倒す!
拳、そして肘で決着だと見た。
間合いは遠くとも、十分な時間がある。
バッシュは日本刀を振り上げようとしているのだから、その動きでは人を切れない。
「斬られるか、そんなもので!」
怒鳴るように、叫ぶように、陽大が言葉をぶつけた。
拳に言葉を追い掛けさせる。
命中させるに十分な間があったはずだが、バッシュにもできる事があった。
斬る事はできないバッシュだが――、
「ハンッ」
狙わなければ日本刀を投げる事はできた。
「!?」
陽大は急制動させられた。狙いなど付けられていないが、日本刀の刃には呪詛の《導》が宿っている。その効果は孝介を見ていれば分かる。それも掠めただけで効果を発揮するというのだから、陽大も退避を選ぶしかない。もっと強い感知の《方》があれば話は別だが。
「リメンバランス」
そうして稼いだ一瞬の間で、バッシュがリメンバランスを発動させた。
「!?」
息を呑まされる陽大だが、その一瞬で強力な攻撃はできない。バッシュも最大の攻撃は二呼吸、必要だ。
故に発動させた《導》は、次に繋げるためのものだ。
「レイヴン――ワタリガラスの記憶」
バッシュの身体は飛翔した。
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