第1戦

第9話「開幕――7対7」

 そんな様子を見ながら、小川は酒杯を傾けていた。


 ――7対7。


 想定通りとほくそ笑むのは後回しだ。想定している事態とは、若干、食い違っている。


 ――除けるのは、乙矢おとや弓削ゆげだと思ってたんだが……。


 弓削は渋滞に突っ込む場所へ出張買い取りに行かせれば、容易な話だった。後は道路状況は比較的簡単にコントロールできる。途中で事故でも起こせば、人工島へ戻ってくる中央道までの国道を確実に渋滞させられる。


 しかし乙矢の事は考えるのを止めた。


 ――後回しだ。タイミングの問題だ。


 小川はグラスをテーブルに置き、安土の方へ目を向けた。


 ――青い顔をしている。


 その表情だけでも、小川は溜飲りゅういんが下がる思いだ。


 ――矢矯やはぎさんと弓削さんが……。


 安土あづちは小川の視線や表情など、気にしている場合ではない。弓削に今日、出張の予定が入っていた事は知っていたが、矢矯に関しては情報が入っていなかった。弓削が除かれるのは覚悟していたが、矢矯までいないのは想定外だ。


 ――星取り戦で、矢矯さん抜き!


 これがどれだけのアドバンテージを奪われる事になるかは、誰が考えても明らかだ。



 二枚落ちで将棋を指すようなものではないか!



「いっせーのでカードを出し合うのも芸がない。交互に先手後手を交代しながら、互いの駒を出し合ってみませんか?」


 その余裕が小川の声にも現れている。


「相手を見てから選べる後出しが有利ですから、最初は自分が先手で。それなら、自分は先手4回、後手3回と、そちらが1回だけど多くなる」


 いよいよデスゲームの様相を呈して面白いという小川に対し、安土は焦った表情を押し込めた。


「私に有利な手番を譲ってもいいのですか? 何を企むか分からないですが」


 平静を装いつつ、テーブル下に隠した手でスマートフォンのIMクライアントを立ち上げる。


 ――矢矯さんについて情報が欲しいです。調べられますか?


 画面を確認しないタイプには不安があったが、意図した通りの文章が送られた。


 ――了解。


 送信先の女医からの返信は短い。見られない状況にある事くらいは想像がつく。


「構いませんよ。二枚落ち、三枚落ちでしょう?」


 小川の言葉は矢矯と弓削がいない事だけでなく、更に減る事を滲ませていた。


「では、お言葉に甘えますが……相談しながら決めてもいいですか? その……」


 階下を指差して言葉を濁す安土には、やはり「駒」という単語を使うのは抵抗があるし、小川と同じ場所に落ちたくないという気持ちが強い。


「あァ」


 どこまで想像したかは分からないが、小川の頷きは鷹揚応用だった。


「構いませんよ」


「ありがとうございます」


 一礼して立ち上がるべきだったかも知れないが、安土はもどかしいとでもいうように一礼しつつ立ち上がる。


 しかしドアは静かに開け、走らない。


 ――焦りは禁物です。焦りは禁物です。


 同じ言葉を脳内で繰り返しながら、安土は廊下を急ぐ。安土が慌てていても事態は好転せず、寧ろ悪化しかねない。


 ――今は、算段を立てないといけません。


 




 案の定、安土の陣営は混乱のただ中にあったが、相手を見てから出す人員を選べるというアドバンテージを4つもらっている。立てられるはずだ。


 ――やっぱり、弓削さんと矢矯さんがいない事が……。


 全員が揃っていたならば、その二人のどちらかが1戦目だった。矢矯、弓削、乙矢を連続投入しての3連勝ならば、精神的な有利さを利用して丸め込む事も不可能ではないと思っていたのだが、それが崩れてしまった。


「安土さん」


 仁和になが入室してきた安土に気づき、助けを求めるような視線を向けた。


 飛車角を失ったに等しいというのは戦力だけを指した言葉だ。



 弓削と矢矯は、立ち位置としてはだった。



 乙矢は自己主張しないし、考えている事ははじめと真弓の生還なのだから、今の状況では弱い。


「弓削さんとベクターさんの到着が遅れているんですよね。聞いています」


 部屋の中心に足を進めながら、安土が視線を巡らせる。


 ――成る程。


 孝介と陽大あきひろ憤然ふんぜんとした顔をしており、師の不在が如実に表れている。


 そして仁和と神名かなは、同じように弟と弟分の心配をしている。


 真弓は基を心配しており、基は――、


「落ち着いてください」


 初戦は自分がと言う顔をしている基の肩に手を置いた安土は、「聞いて下さい」と一度、皆に告げた。


「初戦は、相手の入場を見てから、こちらのメンバーを決定できます。次戦はこちらが先に出て、あちらが決める……という流れで進みます」


 初戦は相手に合わせるのだから、追い詰められたような顔をしている基が必ず出なければならない訳ではない。


「だから相手の出方を――」


 その時、安土の言葉を切り裂くような鋭い音楽が聞こえてくる。



 シンフォニックメタル――。



「!?」


 孝介と仁和が顔を上げた。知っている曲だ。


 ――ルゥウシェか? バッシュか?


 孝介が立ち上がろうとしたが、バランスを崩した。《方》のコントロールを誤り、呪詛の軽減に失敗したのだ。


「バッシュですね」


 安土はフーッと溜息を吐いた。まずは六家りっけ二十三派じゅうさんぱの女ではなく、男を出してくるだろうとは思っていた。ルゥウシェ、アヤ、とも、石井は、最後まで残るはずだ。


 ――なら……。


 安土はバッシュたちとの因縁がある相手を考えるが、孝介は今、《方》のコントロールにミスをした。


 ――孝介くんではダメ。


 しかし仁和を見遣るが、仁和へはもう一つの可能性を考えてしまう。


 ――男は女の2倍、3倍の事ができないと死ぬぞ。


 矢矯が明言している事だ。


 仁和とバッシュではバッシュが格上であるから、切ってもいいカードかも知れない。


 だが、安土は首を横に振り、仁和という選択肢も排除した。


 選ぶのは基でもない。



弦葉つるばくん」



 安土が選んだのは、陽大。


 弓削と矢矯がいない今、こうすごダメならば陽大が適任だと考えた。


「ベクターさんがバッシュを倒した時と同じです。懐へ飛び込むスピードがあれば、勝てます」


 そのスピードが出せる孝介か陽大ならば、バッシュにぶつけるには丁度いい。美星にぶつけるには心許ない。


「……はい」


 陽大は立ち上がり、鉢金を確かめるように額に当てた。

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