第4話「真弓と乙矢」

 そもそも南県が主導で企画された人工島であるから、商業施設は南県風になる。人口当たりの本屋とコンビニ店舗数が国内屈指の南県の影響で、その二つは兎に角、多い。


 イートインスペースを持つコンビニで、久保居真弓は雑誌を立ち読みしながら時間を潰していた。


 久保居くぼい真弓まゆみは高校2年に上がったばかりの16歳。


 特に部活もやっていないため、放課後はこの時間から暇を潰して過ごすのが日課になっている。


 どこで何をすると決めているわけでもない真弓が、このコンビニで立ち読みしていたのは偶然だ。



 偶然であったからこそ、何かを引き当てられたのかも知れない。



「?」


 雑誌を立ち読みするため、窓辺に寄っていた真弓は店外に制服姿の小学生を見つけた。


 数人の女子児童と男子児童が一人。


 しかしハーレム状態とは言わない。


 一番、後ろにいる女子が男子を小突いたのが見えた。最近の風潮から、登下校時は全員、名札を着けていないため、真弓には誰一人として名前は分からないが、男子は基だ。


「……」


 小突かれた基からは、反論などなかった。精々、恨みがましく背後を振り向いたくらいであるが、それすら小突いた女子がひと睨みで黙らせた。


 ややあって入店の音楽が鳴り、レジから「いらっしゃいませ」と声がした。


 そこで気にせず雑誌へ視線を戻せる真弓ではなかった。


「……」


 基はウロウロしながら、パン類、菓子類のある一角へ移動していく。明らかな挙動不審であるから、当然、レジの向こうから店員が視線を投げかけてきている。基ばかりに注視するわけにはいかず、視線を忙しなく動かす事になるが。


「……」


 その視線の動きを、基は盗み見ていた。


 視線が自分から離れる瞬間を狙い、パン類の棚からチョココロネを取り――、


「……」


 服の下へ隠そうとした瞬間、真弓が基の手を掴んだ。


「!」


 基の顔が青ざめるが、真弓は捕まえたと声をかけるわけではなく、基の手からチョココロネを取り上げ、手にしていた雑誌と一緒にレジへと持っていく。


「1500円丁度です」


 レジのバイトは、マークしていた基であったから会計を告げる声にもトゲがあり、それが真弓へも向いていたが、真弓はどこ吹く風よと受け流し、基へ来る様にと手を振った。


「彼に頼んだのは、こちらの商品ですか?」


 首を突っ込む必要など、どこにもないのだが、真弓は首を突っ込んだ。ややこしい事になると直感しながら。


「……」


 女子の集団は揃って、真弓へ場違いなのだから消えろと言う目を向けていた。


「ほしいなら買いなさい。万引きさせるとか、有り得ないから」


 真弓はチョココロネを投げ渡すような事はしなかったが、手渡そうとした手をパンごと弾かれた。


「チョココロネ持ってこいなんて、言ってないし」


 唇を尖らせた女子は、基へ射貫くような目を向ける。


「言ってないでしょ? なぁ?」


 万引きしろとは言っていないし、言われていないと言え、と視線で伝えている。


「……」


 基は目を逸らせた。


「おい」


 女子の声が追いかけていった。


「……言われてません」


 基の声は消え入りそうであったが、一度でも基が言えば、後はどうでもいい。


「ほら見ろ!」


 鬼の首を取ったよう、と言うのは、こう言う状態を言うのだろう。


「謝れよ!」


「謝れ!」


 判で着いたようなセリフだなと思いながら、真弓は基を見下ろした。女子に何を言われようと気にならないが、基の方こそ気になってしまう。


 ――チョココロネを持ってこいと言ったわけじゃなくて、何でもいいから万引きしてこいって言われたのかも?


 ならば、確かに「チョココロネを持ってこいなんて言っていない」は成立する。


「探偵小説の、“一体、いつ男なんていったんですか?”レベルの話ね」


 ウンザリするわと言う顔をする真弓だが、真弓がウンザリしたところで女子の大合唱が止まる訳ではない。


 さて、どうするかと思案顔になる真弓の横から、シュッと手が伸ばされた。


「じゃあ、この子は連れて行ってもいいのね?」


 声と共に基の後ろ襟が捕まれた。


「!?」


 基が目を白黒させたが、真弓の横から伸ばされた手は後ろ襟を離さない。


 皆の目が集中する先は、真弓の待ち人だった。


 乙矢おとや葉月はづき


 真弓よりもかなり年上の女は、平均的な体格だったが、反撃する気のない小学生男子を拘束するくらいは簡単だった。


「ハッ」


 そもそも基を友達や仲間だと思っていない女子は、それはそれで目的を達成できたと言える。


「勝手にすればー」


 間延びした声は態とだろう。どう言えば人が苛立つかくらいは心得ていた。


 笑い声。基、真弓、乙矢への嘲りとか、自分たちの目論見が成功した事への歓喜とか、あまり聞いていて気分のいい笑い声ではない。


 それを残し、女子たちは走り去っていく。


「……」


 取り残された形になっている基は、傍から見ても分かる程、膝が震えていた。



 恐怖だ。



 ――ヤバい、ヤバい……。


 女子の狙いが何かは、よく分かっていない。嫌がる事をさせたかったのかも知れないし、犯罪者と言う、より生け贄に向く属性を付けたかったのかも知れない。


 しかし基にとって最も効くのは、両親に知られる事だ。


 平穏の二文字しかない家庭に、この有り得ない非日常を持ち込む事は絶対に駄目だ。そう思う基だからこそ生け贄に選ばれたとも言える。


「あ、あの……」


 声まで震えていた。


 そして震える声は、その一言から先を続けられなかった。


「とりあえず、座って話せるところかしらね」


 乙矢は掴んでいた後ろ襟を放し、コンビニの駐車場に停めてある青いクーペを顎で指した。

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