第2話「剣と刀」

 ――集中力が、どうしても切れる。


 いつもの銭湯で姿見を前にしている孝介は、どうにも真っ直ぐ振り下ろせない竹刀に苛立ちを覚えていた。


 今は、矢矯から教わった打ち下ろしの修練だから、というのもあった。


 ――もらいもの……。


 そう考えてしまっている。


 今、振るっている打ち下ろしは矢矯からもらったものであって、自身のオリジナルではない、と。


 だがパッケージ化されていない《方》であるから、それを操るには自身の機知と才覚を必要とする。


 ソニックブレイブは紛れもなく、孝介と仁和のオリジナルといっていいのだが、それを認められない何かが孝介の中にあった。


 ――考えてみれば、そんなのばっかりだよな。


 今、住んでいる家は、両親が残してくれたもの。


 生活を支えているのも、両親が残してくれた遺産だ。


 自分の力で切り開けているものがあるのかと考えると――


「ないな」


「集中できてないか?」


 呟きが聞こえた訳ではないが、矢矯が声をかけた。あまりにも孝介の剣が気も漫ろといった風だったからだ。ゆっくりと時間をかけて振り下ろしてフォームを確認しているのだから、軌道の歪みは他者が見ても明らかだった。


 歪みというにはあまりにも大きく、弧を描いているどころかジグザグだ。


 今だ矢矯も10回中10回とも真一文字を描けるかと問われれば無理だが、まるで初心者に戻ってしまったかのような軌道では、他に気を取られすぎているとしか思えなかった。


「大丈夫?」


 仁和も心配を声色に載せていた。


 孝介は曖昧な顔しかできずにいるのだが、理由は孝介が説明する事もない。


「いや、大丈夫かと問いかけられて、大丈夫だ以外の言葉がいえるタイプじゃないだろう」


 矢矯がいう通りだ。


「大丈夫かといわれても、返せる言葉は大丈夫しかないだろう。大丈夫じゃなかったとしても、そういわれて何ができる?」


 少し撥ねつけたようないい方になっているが、事実だ。孝介が返せる言葉は「大丈夫」しかない。現実には――余人には取るに足らない悩みだとしても――孝介はとても大丈夫とはいえないのだが。


「……」


 それはその通りであるが、ストレートにいわれると反発心を覚えてしまう。


 矢矯も、それだけ今の孝介の状態に苛立っている。


「すみません」


 これも謝るしかないから出した言葉であるが、孝介の気持ちがどう動いたかを無視できない矢矯は、ぱつが悪そうに目を逸らせた。


「あぁ、……いや、俺もごめん」


 矢矯とて自分の本心を、まるで悪いことのようにいわれれば良い気でいられるはずがない。


 その上、互いに謝ってしまうと気まずい雰囲気は増してしまう。


「あの!」


 そんな状態であるから、仁和が気持ち大きな声を出して二人を振り向かせた。互いの視線を交叉させる事はできないが、同じ方向を向かせる事はできる。


「今夜、うちでご飯、食べませんか? 丁度、明日は土曜でしょう?」


 休みだろうと仁和にいわれると、今度は矢矯が苦笑いさせられた。


「俺の仕事、土日が関係ないんだ」


 人工島内に於けるインフラの整備、運営を司っている局に所属している矢矯の仕事は、カレンダー通りに休みが来ない。


「あ、そうなんですか?」


 今度は仁和がばつの悪い顔をしてしまうが、揃って同じような顔になってしまえば話が進んでいくのが、この3人のパターンだ。


「代わりといっては何だけど――」


 矢矯は孝介の方も見遣りながら提案した。


「俺の剣が折れたから、どうにかしなきゃならないんだ」


 明津の電装剣に接触してしまった超硬金属の剣だ。


「あの剣、直るんですか?」


 仁和は目を丸くしていた。電装剣で斬られたものは、レーザーで切断されたような切断面になる。レーザーであれば溶解してしまう部分もあるのだが、電装剣は溶解がない。剣の切断面はガラスの表面よりも滑らかだった。


 摩擦力が存在しない電装剣であるからこそできる芸当であり、それだけの滑らかさを持っている切断面は容易に接合する。


 しかし矢矯は苦笑いし、


「いや、無理無理。溶接する訳にもいかない」


 接合するとはいえ、接合力を持っているののは分子間力ぶんしかんりょくだけであるから、軽く捻っただけで容易に剥がれてしまう。剣としては使い物ならない。


「新しく作ってもらうんだ」


 矢矯がしようとしているのは、修理ではなく再生産だ。


 そして新しく作るとなれば――、



「二人の分も、作らないか?」



 同じく孝介と仁和の分も、超硬金属の剣を作ろうと誘った。


「いつまでも借り物という訳にもいかないだろ?」


 舞台で貸し出している日本刀は、そもそも習作レベルの出来であるし、報復や制裁のために強制的に戦わされないよう、箔を付ける必要がある。


「美術品じゃなくて実用目的になるから、そこらで作ってもらえる訳じゃない。北県まで行かないとダメだけど」


 気分転換にもなるだろう、という矢矯は、孝介に対する詫びの姿勢でもある、とは隠した。


「是非!」


 仁和は当然、二つ返事だ。矢矯の気遣いを感じ取れるのだから、それを受けるのは二つ返事が相応しい。


 ――それに、こっちから返事ができそうな感じじゃないし。


 仁和は視線すら弟の方へ向けなかったが、孝介の逡巡を感じ取っていた。


「なら、決まりだ。材料を手配しておくよ」


 矢矯は手を叩き、スマートフォンを手に取った。


 武器は死活問題だ。





 同じ頃、武器を親友から求められた女が、車を走らせていた。



 高速道路を愛車で駆け抜けている女は、石井裕美――ルゥウシェから矢矯を斬るための刀を頼まれた百識だ。



 ルゥウシェと同じく雲家衛藤派に属する石井は、《導》もルゥウシェと同じくリメンバランスを操る。


 だが石井の得意とする《導》は、ルゥウシェの氷やバッシュの炎とは違う。



 物を作る事だ。



 それは聡子の持つ医療の《導》と同様に、ある意味に於いては社会の生産に寄与できるものではあるのだが、石井がしようとしている事は。そういった事ではない。


 矢矯を斬る道具、つまり凶器を作ろうとしているのだから。


 ――完璧を期さないと。


 ハンドルを握る石井が目指すのは、首都・東京だ。

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