第3話「聖剣・魔剣・神器名刀」

 石井やルゥウシェが使うリメンバランスを、矢矯は「自分が見聞きした神話や伝説を現実の情景にする」といった。だからルゥウシェは空気も凍ってしまう情景を作り出し、バッシュは煉獄の炎を、美星は星々の爆発を作り出す。


 その要諦はイメージ化。



 聞いたものより見たもの、見たものよりも直に感じたものが優先される。



 そのために石井は車で700キロ近い距離を走った。人工島では感じ取る事のできない感性を手に入れるためだ。


 まず石井が車を停めたのは、神田明神だった。 


 東京十社の一社であり、石井がここへ訪れた理由は祭神にある。


「よっ……と……」


 後部座席に載せていたルゥウシェからの預かりものを取り出す。中身だけで20キロ超の重さがある玉鋼であるから女性の身には辛いものがあるのだが、車で寸前まで行ける神田明神で根を上げる訳にはいかない。


 まだまだ行かなければならない場所はある。


 荷物を背負いながら向かうのは、三宮。



 その祭神は平将門命――関東の守護神とまでいわれている一柱だ。



 神田明神は平将門を祀る社の中では最大である。


「……さて……」


 本来ならば首塚を参るべきとも思うのだが、石井は神田明神を選んだ。


 その意味は――、石井は今更、考えなかった。


 三宮を前にして、背にしていた重い荷物を下ろす。


「リメンバランス」


 石井の《導》が展開される。


 両手を鞄越しに玉鋼へと伝え、ゆっくりと浸透させていく。


「エンペラー――皇の記憶」


 自分を中心に展開させるが、周囲にいる参拝客を巻き込む《導》ではない。石井の《導》が情景を見せるのは、あくまでも石井だけ。


 石井がよりハッキリとしたイメージを思い浮かべるためだ。


 同時に平将門のイメージを玉鋼に宿らせる。


 ――この刀は、神器名刀でなければならない。


 関東の守護神を祀る社であると同時に、ここは寛永寺と共に江戸の鬼門を封じる場所でもある。


 そのともいえるものを玉鋼に宿らせ、そのを刀にするのだ。


 ――ルゥウシェの手にする聖剣でなければならない。


 鬼門封じの力を込める。


 ――ルゥウシェの怨敵を祟る妖刀でなければならない。


 怨念の力を込める。


 この場だからこそ感じられる。新皇を名乗った怨霊の姿をリメンバランスによって形にし、親友の刃となる玉鋼に宿らせる。


 神器名刀、聖剣、神剣、妖刀、魔剣――それら矛盾したもの全ての力を叩き込む。


 十分な力が宿ったところで、石井は《導》を絶った。


「ふぅ……」


 大きく深呼吸した石井は、久しぶりの感覚に疲れと共に高揚感を感じていた。


 ――忘れてなかった。


 もっと手間取るかと思った《導》だったが、身体に染みついた、叩き込まれたものは眠っているだけで失われていなかったのだ。


 ――この刀は、間違いなく傑作になる。


 荷物を背負い直しながら、石井はほくそ笑んだ。


 今、玉鋼には平将門のイメージが宿った。


 無論、それで済ませるつもりはない。





「北県の、どこで作ってもらうんです?」


 刀匠が住んでいる場所など知らない仁和であるから、SUVに乗り込矢矯へ、明後日はどこへ向かうのかと訊ねた。有名な日本刀の産地ではあるのだが、日本刀が盛んに作られているという話は知らないし、実用刀を作ってくれと依頼されて実行する刀匠が有名という話は、もっと知らない。


 それに対し、矢矯が口にするのは、


「工場があるんだ」


 工場。


 それは仁和も想像していなかった言葉だ。


 だがおかしな話ではない。矢矯が持っている武器は「剣」であって「日本刀」ではないのだから。日本刀は厳格な基準があり、それを守っていないものは日本刀として登録できず、本来は所持する事も禁じられる代物だ。


「けど、剣って作るのに時間がかかるんでしょう? 習作でも、何ヶ月も……」


 疑問を続けた仁和は、今日明日の話になるのかというのも気になっていた。フィクションならば、それこそボタン一つでできてしまう魔法のような手段があるのだろうが、現実ではない。


「ボタンをポンポン押して済む話じゃないんでしょう?」


 孝介も、どれだけの時間がかかるのか首を傾げさせられていた。


 矢矯は箔を付けるために必要だといったが、箔を付けるにしても、この3連勝――しかも内2勝は六家二十三派を退けての勝利である――の熱が冷めない内に整えなければならない。


「できる、できる」


 矢矯は簡単にいった。


「一週間もあれば、できてくる」


「は……?」


 孝介の声すら上擦っていた。


 それは、あまりにも意外だった。


 一週間でできる――それは想像していなかったくらい、短い。


「どこで、作ってくれるんです……? どんな人が……?」


 思わず身を乗り出す孝介に、矢矯はいった。


「あいね工業」


 聞いた事のない名前だ。


「……町工場だ」


 矢矯がフッと笑った。


「町工場……」


 繰り返す孝介の顔には、銭湯を出てくる時に見せていたような曇った表情はなかった。


「まぁ、日曜を楽しみにしておこうよ」


 仁和の声も弾む。大切な弟と、大切な師の顔に、いつも通りの――それが楽しそうな笑顔ではないにしても――明るい表情があるのならば、これ以上、望むものはない。


 ――私は、これが護りたいものなんだから。


 もし孝介と仁和に差があるとすれば、この感情だ。


 仁和は自分が守りたいと思っているものが、基や陽大に劣っているとは思わない。


 彼らは自分の意に反して舞台に上げられて戦っているが、仁和は自分の護りたい者のために、自分の意志で選択したと思っている。道徳と命を金に換えるという、見下げ果てた選択といわれる事は承知の上だ。


 ――バカだとしても、守りたいんだから仕方がない。


 両親が残したものと弟の存在は、仁和にとって、それだけ重要だ。

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