語結
第44話「晴天の人工島」
早朝の街を
今や最大戦速は時速100キロを超えるスピードを手に入れられたが、孝介が知っている《方》を伸ばしていく訓練は、唯一、こんな地味な事だけだ。
反動をも念動で無にしてしまうため、30分以上、走っているが、孝介の息は切れていなかった。
そしてもう一つ、孝介にとって重要な《方》である感知が、車通りのない早朝を走る箱バンに気付かせた。
箱バンのクラクションが孝介を立ち止まらせたが、運転席に座っている男も、助手席に座っている少年も話がしたい訳ではなく、ただ手を振って挨拶をしたかっただけだった。
「いってらっしゃい」
届くとは思えなかったが、孝介は声をかけ、同じく手を振った。この早朝から二人で向かっているという事は、遠方で大量の出張買い取りが入ったのだろう。
バッシュのリメンバランスによって生死の境を
ジョギングを再開すると、その聡子の姿が国道の向こうに見えた。
舞台の報酬は聡子の命だけ――それは守られた。
ただし、聡子の境遇は変わっていない。今も聡子は松嶋小学校では生け贄役のままだ。
――いいや、違うか。
何も変わらないと思ってしまった孝介は、小さく首を横に振り、否定した。
今も聡子の隣には、一緒に登校している
一人ならば生け贄役だが、二人ならば、もう叩かれるだけの存在ではなくなる。
「おはよう!」
そんな二人へ声を掛けたのは、孝介ではなく、自転車で走ってきた高校生。
「
基は手を振ろうとしたが、段ボール箱が邪魔になった。
と、聡子が横から手を伸ばして段ボール箱を支えると、基は「ありがとう」と告げ、二人で手を振る。
「おはようございます」
綺麗に重なった二人の声に、
「おはよう」
もう一度、そういった真弓は自転車を止めなかった。真面目に学校へ通っていないといっていた真弓だが、聡子と始めの姿を見ては「今日もサボろう」とは思えなかった。
「また放課後、葉月さんのとこ、来なよ! 学校へ行く前に、私が話しておくから!」
「あ、はい!」
聡子が返事をした。真弓がこんな時間から出歩いているのは、登校前に乙矢の店へ行くつもりだったからだった。
そして自転車に乗っているといえば、その次の瞬間、孝介を追い抜いていった男もいる。
声もかけず、また停まりもしなかったのは
ただ矢矯も、追い抜いていったところで、軽く手を挙げ、挨拶だけはする。
「また、放課後!」
その背に向かって孝介が声を掛けると、「わかった」とでもいうように掲げた手を左右に振って見せてくれた。
孝介がジョギングを再開する。もう折り返して帰る時間だ。
そんな朝の空気に感じるのは、こうして皆と会う朝は、珍しいのかも知れない、という事。
だが同時に、これとて特別ではない日常だとも感じられた。
両親が遺してくれた家に戻れば姉がいて、陽大と共に聡子の《導》によって生還した姉が作ってくれた朝食がダイニングテーブルに載っている。
顔を洗って朝食を取り、登校して――、
「少し、静かになってくれた気がするな」
姉と並んで校舎へ入った孝介は、そういった。初めて舞台に上がった日から、ずっと駆け足を続けてきた。繰り返された制裁マッチと、孝介が次々と呼び込んでいった不幸と、立ち止まった記憶が薄い。
「……かも知れないわね」
もう安土が世話しているチームは、どれもそう簡単に制裁マッチが組める脆弱なものではないという事だ。
静かになってくれたという孝介の予感は、外れてはいない。
ただ人工島の騒ぎは、終息しようがないが。
HRが始まり、告げられる。
「転校生を紹介します」
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