第29話「貧者の勇」

 従来の百識ひゃくしきにとって、風という属性は長所と短所がハッキリした、百識との相性がすっぱりと分かれるものと認識されている。粒子としての性質が強い炎や氷、あるいは稲妻と違い、波の性質が強い。


 ――風は回り込みがある!


 防御しにくいという性質は相性が抜群だと、珠璃しゅりは自認していた。


 ――防ごうとしても、風は盾を回り込む。


 単純な障壁の《方》では防御できない、と弓削へ目を向ける珠璃。


 ――全方位に防御障壁を展開させても、上から押しつぶす。


 例え結界の《導》があろうとも、珠璃の《導》は既に気圧に作用する程、強い。


 ――鬼神とか何とかいっても、耐えられるものか!


 かいまとっている《導》も、弓削ゆげ陽大あきひろよりはマシだろうが、マシに過ぎないと珠璃は断じた。


 単純な威力ではアカシャ・ライジングやシュペル・ノーウァに劣るが、規模では勝り、回避しがたいのがセラフィック・シャインだ。


「勝利のためには、使える手段は全て使うのよ! 当然の仕掛けよ!」


 咆哮かと思われる珠璃の怒声と共に、《導》が破壊力を発揮し始める。


 珠璃やレバインの態度からは相応しくないと感じさせられるが、我武者羅がむしゃらに勝利へと邁進まいしんしているからこそ、この勝機を掴んだと珠璃はいうだろう。


 蚊帳の外に矢矯を置いてしまっていたため、空島の行動への反応が遅れてしまった――それが敗因だとほくそ笑む珠璃。


 ――春日かすがへ意識を向けるから、私の攻撃を阻止できなかったのよ!


 勝利への貪欲さに於いては他の追従を許さない存在だ、と珠璃は自負している。


 ――この不況のただ中で、自分たちのせいじゃないレッテルを貼られても、それを弾き返して生きているんだ! 勝利に貪欲にもなるわ!


 ほくそ笑んでいた表情は、必勝の笑みに変わった。



 唯一の懸念材料が弱点もはらんでいる事を見抜いたからだ。



 人鬼合一じんきごういつは《導》で作った鬼神という存在を身に纏い、その動きを人体と一致させる事で攻撃力と防御力を得ている。内部から鬼神に触れてしまえばダメージを受けるからだ。


 ならば衝撃に弱い。


 吹き飛ばされる自分と鬼神とを一致させる事など、どうやっても不可能なのだから。


 しかし梓は、それを読んだ。


 ――ここでしょう!


 割り込む隙もあった。珠璃の攻撃は高威力、広範囲であるが、それ故にが必要だからだ。


 そして珠璃は全員が矢矯やはぎの胸にナイフを突き立てた空島そらしまへ意識を向けたと思っていたが、梓だけは違っていた。


 ――勝利へ邁進? それは違うでしょう。


 梓が、自分たちが勝利する事と相手を敗北させる事、その差異に気付かないまま失態を演じてしまったのと同様、珠璃にも気付かない差異を抱えてしまっていたからだ。


 珠璃やレバイン、他のメンバーもそうだが、勝利へ邁進するために行動を選んでいるのではない。


 ――本能で、相手を踏み付けにする事を選んでいるだけでしょう。


 勝利に邁進しているのではなく、生まれ持った資質――相手を踏みにじり、打ち砕くた衝動に身を任せているだけだ。躊躇いなく、陽大や孝介が選択できない事を選択できる点は強いのだろうが、自分へのいい訳をし、自己正当化する言葉を口にするならば隙ができるのは必然だ。


NegativeCorridorネガティブ・コリドー!」


 梓が《導》を割り込ます事ができたのは、その隙――矢矯の胸にナイフを突き立てた空島へ敵意を向けなければならないという思い込みを、突けたからだ。


 ――ベクターさんの死を怒り、私たちはその怒りにまかせて犬死にしなければならないというのが、あなたたちの思うところでしょう。


 だから梓は、矢矯が刺された時の一瞬しか意識を戦いの中心から離さなかった。


 ――いい訳ばかりの卑怯者に、後れを取る訳には参りません。


 全員が全員、そうだとは思わないが、梓は珠璃たちが抱え込んでいる問題――舞台に上がる理由を、自己責任だと思っている。


 ――奨学金をもらってまで大学へ行ったのに、奨学金すら返せない職にしか就けなかったのは、あなたたちの努力が足りなかったからです。本当に社会の犠牲にされてしまった不運な人は、今も文句を言わずに黙々と働いていますよ。


 自己正当化と、自分たちに敵対する者は劣っていなければならないという思い込みに支配されているからこそ、この千載一遇の好機は梓の元にやってきた。


「Exit!」


 発動させる《導》は、矢矯と弓削を舞台の外へ出したものだ。


 それは珠璃のセラフィック・シャインをも外へ掻き出していく。


「何だってェッ!?」


 珠璃にとって眼前で展開した光景は、まるで望んでいなかったものだった。


 望んでいないどころか、あってはならない光景だ。


 ――何で、こんな《導》を挟んでこられるの!?


 矢矯の死が惜しくないのかと歯軋りする珠璃に、梓が隙を見出したのだ。


 セラフィック・シャインが梓や会の頭上で飲み込まれていく。回り込みがあろうとも、梓のNegativeCorridorは防ぐのではなく、吸収し、放出する。無関係な空間に放出された《導》は、空しく威力を拡散させていくだけだ。


「……」


 梓の《導》が珠璃の《導》を飲み込み、踏み込めるくらいまで小さくなるのを、弓削は身体を小さく折り畳むという独特の構えで待った。


 ――ここで、決まりだ。


 珠璃を斬る。


 レバインを押さえらていないが、今は珠璃に集中だ。弓削に来るならば、弓削は躱す。梓もレバインへの警戒は解いていない。


「――!」


 そのレバインが動いた。歯軋りしながら口にした言葉が何であったかは分からないが、感知の《方》を使い熟す数名は聞いた。



 攻防一体・絶対の陣――。



 次の瞬間、レバインの身体はまるで溶けてしまったかのように崩れたのだが。

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