第28話「奇襲」

 この舞台に於いて最も大事なものを、あずさはここに来て把握できていなかった。


 当主争いをしてきた経験が今ひとつ活かされないのは、勝手の違いではなく性質の違いだ。



 この舞台で求められるのは勝利ではなく、なのだ。



 勝つ事を至上として当主争いをしてきた梓には、自分が勝利するのではなく相手を敗北させる事が重要という点にある差異を見落とさせてしまった。


 似ているようで、この二つは違う。


 ――あと3人ですね。


 鳥飼とりかいが沈んだのを見て、梓は心中で呟いた。


 しかも戦力として稼働するのはレバインと珠璃しゅりと二人のみ。《導》を持つ二人であるから一発逆転も可能性は存在しているが、順調である事は間違いない。


 順調に勝っているからこそ、梓は心中ではなく口に出していうべきだった。


 いや、黙っているつもりはなく、煽るつもりで口にしようと考えたが、その考えるのに必要だった一瞬が間となってしまう。



 相手を追い詰める理由の差異だ。



 勝利する事よりも、相手を敗北させる事が重要と考えていれば、相手へのあおりは直結して考えられたが、勝利に繋がるかと考えていては、一拍に過ぎなくとも間が必要だった。


「!」


 一瞬の隙を突き、空島そらしまが走った。


「え!?」


 一瞬に過ぎないから、梓の視線はすぐに空島をとらえられる。


 しかし空島が走った方向を思考に直結させられなかった事も、相手を敗北させる事を主として考えられなかったからだ。


 ――今は、こっちが正解でしょう!


 そういう声を心中で大にしながら走る空島が向かったのは、戦闘の中心となっている陽大あきひろ弓削ゆげとは違う方向。


「お前等は、守り切れなかったの!」


 自分では怒鳴ったつもりだったが、空島があげた声は叫び声だった。


 手にしているのは小振りなナイフであるし、走っているスピードもレバインや珠璃には及ばない空島であるから、仲間からも軽く見られたという自覚があった。


 それ故の叫びだ。


 叫びに乗せるのは、今、自分が最も目的としているものの近くにいるという想い。


 戦闘の中心ではなく外苑へと走った事にも意味がある。


「守れなかった!」


 先程から繰り返している叫び声が意味する所は、確かに大きな衝撃を与えられる。



 相手を完膚なきまでに叩き潰すならば、相手の心をへし折ることは必須だ。



 勝利に近づく事柄であれば、一瞬、考える必要があるが、敵の敗北に直結するというのであれば、考えるまでもなく行動できる。梓が隙を見せた理由はそれであり、空島がすぐさま実行できた理由でもあった。


 戦場の外へ向かった空島の意図に気付くのにも、皆、もう何秒かが必要だった。


 空島が向かった先は戦闘の中心ではないが、梓たちの陣営の要がある。



 矢矯やはぎだ。



 戦闘不能と見なされ、フェンスにもたれさせている矢矯は、完全に蚊帳の外に出されている。


 空島が振り上げたナイフは、僅かに上下していた矢矯の胸へ――、


「あはははははは!」


 胸骨に阻まれ、根元まで突き刺す事はできなかったのだが、空島は心臓を突いてやったと高笑いを発した。


「死んだ! お前たちの2トップの一人は、死んだのよ!」


 大口を開いて、レバインへと向かおうとしていた孝介へ嘲笑をぶつける。


「――!」


 孝介の喉から迸ったのは、形容しがたいものだった。言葉ではなく、悲鳴と怒号と呪いの言葉と、そんな様々な感情を混ぜ、音に練り込んだものが飛び出してきた。


「あはははははは、あはははははは!」


 とって返そうとした孝介へと向けられる空島の笑い声は、徐々にではなく一気に大きくなった。


「待って!」


 孝介の肩を神名かなが掴んだ。


「上にいる草凪くさなぎ珠璃しゅりから狙われます――!」


 周囲が見えていないのは危険だといおうとした言葉は、轟音によって掻き消された。


熱素ねっそ


 頭上から放たれた珠璃の一撃だ。


「!?」


 見上げた神名は鋭い舌打ち。


 神名の感知は厳密に行われているが故に、その熱素が自分たちを狙っていなかったと感じ取っていた。


 ――わざと外した!


 動かなければ当たらない攻撃が意味する所は、牽制だ。


 牽制と共に、珠璃が舞い降りてくる。


春日かすが、よくやってくれたわ!」


 高速移動しながらであるから、珠璃の声が空島へ届いたかどうかは分からない。


 だが珠璃の行動は、空島に対し、饒舌に状況説明をしていたのも確かだ。


 遠隔攻撃を仕掛けられる者がいないが、珠璃は大きく弧を描かせてグラウンドへ舞い降りた。その軌道で、離れていたかい弓削ゆげ陽大あきひろの警戒を招かせる。


 ――警戒してくれた!


 珠璃の笑みには、レバインとの協力を警戒したはずだ、という色が見えた。


 ――それを望んでいたのよ!


 降り立った珠璃は眼前に剣を立て、そこに風の《導》を集中させた。


「セラフィック・シャイン!」


 風は圧力をはらみ、周囲を覆う。


 その正体は、珠璃自らがいう。



「広範囲全体攻撃!」



 範囲内の全員に効果を及ぼし、しかし自分とレバインだけになったが故に、自陣営だけは識別できるというものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る