第9話「ムクゲの花は散りました」

 陽大あきひろが宣言するまでもなく、《導》の広がりによって明津もアヤも、この《導》が結界である事は察せられる。


態々わざわざ、宣言するのは何だ? イヤボーンか?」


 バカにしたように笑う明津あくつだったが、陽大あきひろはじめも明津が何を言っているのか分かっていない。


「だが、何の結界だ? まるで効果がないが?」


 そんなものを《導》と呼ぶかと吐き捨てて、黄龍麗光こうりゅうれいこうの鎌首をもたげさせる明津だったが、攻撃態勢を取ろうとした所で違和感に気付いた。


「何だ……?」


 真っ直ぐに立ち上げたはずの黄龍麗光であるのに、明津は斜めになったように感じたのだ。


「いつまで足を乗せてるつもり!?」


 アヤも陽大を振り解くのだが、伸ばした手に明津と同様の違和感があった。真っ直ぐ伸ばして陽大の足を掴んだはずなのに弧を描かせてしまったような感触があり、掴んで力任せに投げたつもりが、それも足に捻りを加え、ねじ切ってしまうつもりだったのが、感触処かただ撥ね除けただけにしかなっていなかった。


「ちゃんと《方》を使ってよ!」


 受け身を取って着地しながら、陽大が基へ大声を向けた。


「はい!」


 返事をしたのだから、基は陽大の結界が、どういう力を持っているかわかっている。


「錯覚だ!}


 振り払うように電装剣でんそうけんを振り上げる明津は、わかっていない。


 わかっていなかったからこそ、常に視界の中に留めておかなければならない電装剣を力任せに振り上げてしまった。


「――!」


 その結果は、声にならない悲鳴だ。



 自らの電装剣で背を焼いてしまったのだ。



 その原因を基は分かっていた。


 ――


 前後左右、上下というが――微妙ではあるが――狂っている。陽大のいった《方》を使えとは感知の《方》だ。身体の感覚がおかしくなっているから、感知の《方》で補わなければ真っ直ぐ歩く事すらできない。


 そして胃の辺りがキリキリと痛み、軽い吐き気と頭痛もしている。



 これが陽大の重圧じゅうあつ結界けっかいばくの効果だ。



 重圧、つまり精神的なストレスをプレッシャーにして効果範囲全てに仕掛けてきている。


「フェイズ1、精神の異常」


 陽大は歩いてきながら、視界がグラグラと揺れているアヤと明津に突き刺すような視線を向けた。


「はん、だからどうした! 私には六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ最強の攻撃がある!」


 威力も範囲も最大にすれば、目で狙いを付ける必要などない、とアヤはいう。


「フェイズ2!」


 だが陽大の《導》が遮った。


 結界の変化は不快感を増大させる。


「!?」


「何だ……!?」


 アヤと明津の顔を歪ませた。


「肉体の異常」


 陽大の宣言と共に、効果範囲にいる者は毛細血管が一斉に収縮した。それは頭痛を強くするが、無論、それだけでない。



 最も強く効果が出るのは、であるのだ。



 鼓動の度に締め付けられる痛みが襲いかかってくる。


「バカ野郎……お前、これは味方にもかかってるのを忘れているのか!」


 明津が怒鳴りながら、教室の中を指差した。


 基と聡子も、この結界に囚われている。


 それに対する陽大の言葉は短い。


「耐えろ!」


 それだけだ。


 ――重圧結界なんて大層な名前が付いてるが、全員、こんなもんじゃないストレスに耐えてきただろう!


 耐えてきたというのは嘘ではない。陽大も基も聡子も、クラスの生け贄役として受けてきたものは、こんなものではない。


本筈もとはずさん……」


 だが基は聡子に視線を向けた。基にとって、こんな傷みは何でもない。しかし聡子にも激痛が走っているという事には耐え難かった。


 しかし聡子は蹲りながらも、手を挙げ、小さく振る。


「大丈夫……」


 聡子とて、こんなものには慣れっこだ。ましてや、陽大が基の勝利へ道筋をつけるために展開しているものならば、何が苦しいというのか。


「フェイズ3!」


 アヤと明津は棒立ち同然であるが、陽大は上乗せした。


「精神の崩壊!」


 アヤと明津の視界が暗転する。前後左右、上下の感覚が狂うどころではない。


 自らが立っているを失ってしまう。


 その身体は容易く重力に屈し、地に伏せてしまうのだが、それを「倒れた」と感じられない程に。


「う、うわ……うわ……」


 地面で藻掻く明津は、必死になって掴める場所を探している。それは床に倒れたのではなく、壁に叩きつけられ、足が着いていないと感じているからだ。


 仰向けに倒されたアヤも、明津と同様に空を掴もうと手を伸ばし、足掻いている。


鳥打とりうち君、頼む」


 陽大が基を呼んだ。陽大も、この《導》は手に余る。結界を使ったまま攻撃に転じるには、まだまだ練習不足だ。


 こうなっては二人共、死に体だ。


「はい」


 激痛に耐え、感知の《方》を使いながら、基が明津に近づく。電装剣は必要ない。ここは清に習った技だけだ。


「せいッ!」


 気合いと共に打ち下ろす拳は、正確に明津の胸を打っていた。タイミング、強さ共に完璧だと思える一撃は心臓しんぞう震蕩しんとうを起こさせ、明津を無力化した。


「よし……こっちだ……」


 少々、キツいと顔を顰める陽大に対し、応えたのは基ではなく、空中から飛来した鋭い何かだ。


「!?」


 陽大が目を剥く。


「ぐぶ……」


 アヤにくぐもった声をあげさせたのは、喉に突き立ったナイフだった。


 振り向けば、丹下たんげの姿。


 手にしたナイフは給食で使う食器に過ぎないのだが、それを投げると、スピードよりも、その軌道に驚かされる。


 ――念動か!?


 陽大がそう思ったように、ナイフは弧を描きつつも、加速しながら飛翔するのだ。


 そして二投目は、教室内で気を失っている明津の喉に突き立った。


 陽大が戦慄した表情を見せる中、丹下は悠々と校舎へ近づく。陽大の《導》は、もう効果を失っていた。


「殺人犯は、その場にいた善意の第三者……俺によって取り除かれたのさ」


 そう言いながら、アヤと明津が持っていた刀を拾い上げる。


「代わりもでっちあげておくか」


 そういた丹下が手を振ると、明津とアヤの元に、石井が作った者とそっくりな日本刀が現れた。


 ――百識ひゃくしき


 しかも石井と同様の《導》が使えるとなれば、陽大に警戒するなと言う方が無理だ。


 しかし立ち上がる陽大が身構えると、丹下は陽大を一瞥し、


「安っぽくいきり立つんじゃねェよ、ガキか」


 この場でどうこうする気はないとだけいった。丹下は陽大と基が標的に含まれているとは知らされていない。


「警察が来るまで、みんなと避難してろ。後は、俺がヒーローになってきてやる」


 ハハハと笑いながら、丹下はトラックへ歩いて行った。

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