第12話「極まれり」

 共に《方》しかない。


 感知の《方》を持ち、それを根底に持つ。


 筋力を強化するのではなく、《方》によって――念動で動かすか、障壁の形を変えて身体に沿わせるかという違いはあるが――身体を操作する事で戦う。


 超硬金属の剣を得物に、近接戦闘を基本とする。



 矢矯やはぎ弓削ゆげには共通する点が多い。



 異性に対し、手負いである事も同じ。


 いいように使い捨てられた矢矯と、命すらも捧げさせられるところだった弓削だ。


 だが決定的に違う点は、まさにそこ。


 ――使い捨てられ、また自身も暴言すら吐いた美星メイシンの死に復讐心を懐いている。


 情けない話とは思うが、あずさには小川のように嘲笑を向ける気にはならなかった。


 ――片や、命を奪い損ねた土師はじ紀子みちこを、的場まとば孝介こうすけの舞台へ乱入させまいと斬り捨てた。


 弓削に対しても、同様に。


 似ている二人は、少しずつの差異を抱えている。


 タバード、トラウザース、ブーツ、鍔付き帽子――シルエットが同じコスチュームは色違い。


 手にしている超硬金属の剣も、矢矯はタングステンカーバイトであるが、弓削はハイス。


 その差異と共に、弓削はいい様のない反発心を矢矯にいだいていた。


 ――きっと、理由なんてないんでしょうけれど。


 言葉にできる理由ではない、と考えた所で、梓は周囲に聞こえない程度であるが、口の中で舌打ちした。


 小川は自分に苦汁を飲ませた連中への復讐だと思っているのだから、二人だけの事に留まらない。


 弓削が矢矯を斬れば、次に来るのは矢矯の弟子である的場姉弟。


 矢矯が弓削を斬れば、次に来るのは――、弟子の陽大あきひろ神名かな以外にも可能性はある。


かい様……」


 梓が呟いた名前だ。


 会にとって、弓削はただ単に一緒にイラスト教室へ通う仲間というだけではなくなっている、と梓は感じ取っていた。


 つきで世間から隔離されたも同然の生活を送っていた梓は、好意を持って接してきた弓削や孝介との距離感が近い。


 ならば孝介が弓削と敵対するような事は、会にどんな影響があるか計り知れない。


 ――止める?


 考えを巡らせるが、短時間で回答が出るものではない。


見物みものでしょう?」


 小川に他意はないのかも知れないが、その一言は梓へこれ以上ないあおりとなった。


「共に《方》を駆使して肉弾戦する脳筋ですがね、六家りっけ二十三派にじゅうさんぱを倒したという事で話題性があるんですよ」


 小川はセッティングした自分の技量を誇っている。《導》を駆使し、より大きく、むごたらしい損壊をもたらす戦いに比べ、ただ刃物を振り回すだけ戦いは人気が低いのだが、矢矯と弓削ならば話は別だ。六家二十三派の百識ひゃくしきを倒せる技量を持つ二人の衝突は客の興味も引ける。


 ――安土も介入させなかった!


 小川は真っ赤な口を開く。


「自分は、ベクターが勝つんじゃないかと思っているんですよ」


 今までは忌々しいとしか思っていなかった矢矯だが、小川も嬉々として語れる。


「最大戦速1200キロは互角としても、ベクターには電装剣でんそうけん、時間と空間を歪める念動がありますからね。どっちも瞬殺するタイプだから、この差は歴然でしょう」


 小川はニヤニヤと笑いながら、


「下位互換の弓削では、まぁ、頑張れって所です」


 小川の言葉を待っていたようなタイミングでユーロビートが途切れる。



 小川が骨肉こつにく相食あいはめといった舞台の開幕だ。



 カクテルビームの光が舞台を照らす照明に変わり、今回も審判役が放送が開始を伝える。


 剣を抜く矢矯と弓削。


 ――最初から電装剣はないな!


 小川は瞬殺するタイプだといったが、弓削は決して矢矯は瞬殺を狙うタイプではないと見ていた。


 ――電装剣は維持する方を必要とする。その上、自分の手足を切らないように感知も厳密にしなきゃならない。最初から出せないだろ!


 共に強い感知を持つ二人であるから、瞬殺はそもそも不可能に使い。


 唯一の懸念は、回避しがたい矢矯の切り札・超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいであるが、それも最初から使う事はできない。


 ――《方》を一気に出し尽くすからな。


 電装剣を使えば防御不能、時間と空間を歪めてあらゆる場所に同時存在するのだから回避不能といわれるが、感知を駆使すれば、逃げる事はできる。


 逃げに徹されれば、矢矯では超時空戦斗砕を1分と維持できない。


 ――どうせ新家しんけだ!


 矢矯も自身の切り札が持つ欠点は把握している。どれだけの戦闘力を持っているとしても、矢矯の血に秘められた《方》の素となる微小タンパク質の濃度は1%未満――百識としては極々一般的なのだ。


 それを分かっている矢矯と弓削であるから、初手は平凡に行われた。


 ――ソニックブレイブ!


 矢矯が放つのは孝介、仁和と同じく直線的に踏み込み、最短距離を催促で振り下ろす一撃。


 二人と違うのは、矢矯が最大戦速、即ち時速1200キロを発揮した事だ。


「!」


 爆音が弓削の鼓膜を打った。音の壁を突き抜けた音だ。


 だが速いだけならば、弓削には届かない。弓削とて互角の感知と速度を持っている。


 ソニックブレイブをかわす。矢矯の切っ先、立ち位置、足の位置から手の位置までも、その全てを漏らさず感知の《方》によって収集する。


 ――こちらの番だ!


 剣を水平に構える弓削の心に去来するのは、梓と同じく会の事。会が人との距離感を計り切れていない事は、弓削も感じ取れている。


 梓は二人を止めなければならないと考えたが、弓削は止める事は躊躇だと判断していた。


 ――矢矯が止まるはずがない。


 同じく手痛い経験のある弓削には、矢矯の心境が分かる。


 ――仇を討つまで止まらないだろうな!


 今まで一人たりとも殺していない矢矯だが、逆鱗に触れられてしまった今後は、殺さない保証などはない。みやびに辿り着くまで、何人でも斬るつもりだ。


 次が雅である保証はない。


 それどころか梓が出てくる可能性すらある。


 ――斬ってでも止める!


 ただし弓削とて、冷静さは欠いている。孝介と仁和を敵に回す事、また梓と矢矯が戦う事、その全てが可能性でしかない。



 どれだけの言葉を連ねても、弓削が感じている事は矢矯と戦いたいという欲求を正当化するものたけだ。



 ――これは、行ける!


 弓削は突き入れようとする切っ先が、矢矯を捉える事を確信した。矢矯の剣は確かに速い。だが全くブレない軌道を描くからこそのスピードであるから、その動きは一文字に限られる。


 ――剣聖なんていわれた歴史上の人物なら、十文字だろうが三段突きだろうが可能だったんだろうがな!


 矢矯に、その技術はない。剣豪とはいえても、剣聖とはいえないレベルなのだ。


 ――切り返しは不可能!


 そう断じて突きを振るう。


「ああ、そうだッ!」


 矢矯の声は、弓削の間合いの外から聞こえてきた。


 ――空間を歪めた!


 回避された事を悟る弓削。弓削の間合いを超え、矢矯は文字通り逃げたのだ。


 しかし次の瞬間だ。


「!」


 弓削が感知した。


 矢矯が次に操る念動だ。


 ――時間と空間!


 勝負を賭けてくる事を、だ。


 だが矢矯がねじ曲げた時空は、自身を複数、同時存在させるものではなかった。


 斬り込まれるのは切っ先のみ。


銀河ぎんが棲獣砕せいじゅうさい!」


 孝介の技だ。

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