第11話「超人戦線」

 ――対する男は長い直線道路で、振り返ればどれだけ小さくなっても、その姿が見えてしまうから、いつまでもる。


 矢矯やはぎにとって美星メイシンの存在は、小川のいう通りだった。


 ――愚かだな。


 そういわれても仕方がないくらい、矢矯の中で美星は大きな存在だった。


 ――傷つけられたが、傷つけもした。


 今の矢矯はそう思う。


 ――二人でいる時は二人でいる事に、一人でいる時は一人でいる事に集中したいと言って、結局、自分の都合のいい時だけしか時間を割かないなんていうのでは、十分な話し合いなんて無理な話ですよ。


 安土あづちはそういって、美星に誠実さなどないと斬って捨てた。


 矢矯もその通りだと憤ったのだが、今、思い出すのは美星と出会った頃の事だ。


 美人という訳ではなく、とりたててスタイルがいい訳でもない。


 よくいってもぽっちゃりという体型の美星だったが、矢矯にとって包容力の証だった。


 ――料理やお菓子作りが得意で、シフォンケーキを作ってくれた。


 間食する習慣がない自分では物足りなかっただろう、と思う通り、矢作が思い出す美星の姿に、恨み言はない。


 死ねと思った事はなかった。


 矢矯が思っていたことは、自分が特別扱いしているように、美星も矢矯を特別な相手として扱って欲しかった事。


 それができない性格だったため美星とは別れる事となり、ルゥウシェとバッシュの存在が敵対する道しか残さなかったが、死んで欲しい相手ではなかった。


 ――女にとって恋愛は急カーブの連続という通り、美星にとってベクターなん猛スピードで振り切った相手だ。どうでもいい相手になってる。


 小川がいった通り、最早、美星と矢矯は二度と交わらぬ平行線だった。恋人どころか友人に戻る事さえも難しい。


 ――難しかったと過去形になった。


 廊下を行く矢矯の胸に去来するのは、激しい虚無感。二度と戻らぬ関係であると思いつつも、どこかで生きていれば何かがあるという、妙にねじ曲がった願望があった。


 それが全て潰れる日が来るとは思っていなかった。


 無意識の内に、両手が白くなる程、力を入れていた。


 それを時ながら、矢矯は思った。


 ――矛盾。


 そうだ。冷静に考えれば。


 矢矯は美星と敵対したのだ。


 その上で今、死んで欲しくなかった、殺した相手を許さないなど、どの口がいうのか。


「知るか」


 結論を口にした。


 口にしつつ、廊下と舞台とを仕切るドアに手を掛けた。



 矢矯は、相手を斬り捨てたいのだ。



 ドアをくぐると、矢矯の入場を告げるユーロビートが鳴り響いていた。





 矢矯は常に赤側を取る。身につけている衣装が示す通り、矢矯のイメージカラーは赤だから、という理由だけでなく、美星の好きな色が青だったため、決別を意味している。


 赤は常に先行で、青が後からの入場になる。


 矢矯は待ち構える側だった。


 客席から、小川は赤を基調とした衣装に、白い羽根飾りの付いた帽子を被っている矢矯を見下ろしていた。


 足を組み、口元に笑みを浮かべ、そして傍らには今日も梓の姿がある。


「ベクター……よく手駒にできましたね」


 あずさも矢矯の名を知っていた。小川に協力する事にした日から、小川が関わってきた百識ひゃくしきの情報は可能な限り頭に叩き込んできた事もあるし、特異な《方》の使い方をする矢矯は覚えやすかった。


「美星の仇を討たせてやるといえば、楽勝でしたよ」


 速攻で頭に血を上らせた、といって小川が浮かべるのはあざけりの笑み。


 そして嘲笑といえば、もう一人、照明が落とされて鳴り響く音楽にも向けられる。


 矢矯と同じ曲調のユーロビート。


 カクテルレーザーの色こそ違うが、この舞台の扉を開く相手は――、


「はははは!」


 出て来た姿に、小川が声を上げて笑った。


「想定してなかったな?」


 帽子で顔が見えないが、矢矯は想像した相手でない事にショックを――いや、驚愕きょうがくしているはずなのだ。


 矢矯が待っていたのは、美星を斬ったみやび


 だが今、眼前に現れた男は――、



弓削ゆげ わたるだ!」



 小川の笑い声が一層、大きくなった。


 反射的に胸ポケットに手を遣るのは、そこに入れられたスマートフォンの動画こそがこの二人をぶつける秘策となったからだ。


 ――この通り、実は弓波ゆみなみ あずささんは、既に舞台に関わってしまっているのですよ。


 弓削に見せた動画は、梓が鳥飼とりかいVSともの一戦を観戦し、鳥飼の陣営についているように見えるよう編集したもの。


 そして梓が、弓削にとっては同じ教室に通い、少なからず親交を深めてきたかいの従者である事を知っている。


 ――ベクターさんは今、美星さんの仇を取ろうと見境がなくなっていましてね……。どうも、この鳥飼とりかい雄介ゆうすけのチームと、それに関わる相手を狙っているらしいんですよ。


 小川は確信していた。


 弓削と矢矯の相性の悪さ、そして梓の事を持ち込めば弓削は容易く舞台に上がるのだ、と。


思慮しりょがないからなぁ」


 単純で、簡単で、思わず笑ってしまう程、この仕掛けは上手く行ったと小川は確信した。


「どちらがどうなろうと、最早、俺にはどうでもいい」


 この舞台に上がるという事は、どちらも無事では済まないのだ。


「ベクターも死ね!」


 弓削の《方》は矢矯に匹敵する。


「弓削も死ね!


 矢矯ならば弓削を斬る事もできる。


「俺の活路に現れた砂利じゃりどもが、骨肉こつにく相食あいはめ!」


 小川の哄笑こうしょうは、矢矯にも弓削にも聞こえていないのだろうが。

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