第2戦

第13話「必然・因縁――6対7」

 ストレッチャーがけたたましい音を立てて廊下を行く。陽大あきひろが寝かされているストレッチャーには神名かなが併走していた。


 意識も途切れ、処置のためにつけられた機器がバイタルを示しているが、機器を陽大が動かしているのではなく、機器が陽大を生かしているような感覚に陥らされる。


「……常識的に考えて、手遅れ」


 処置室に運び込まれた陽大に対し、女医はそういい放った。二度も身体に《導》を浴びたのだ。一度目は障壁を破壊した事で熱が最大まで上昇せず、二度目はバッシュが自分を中心に《導》を展開させたため無意識の内に加減していたからだろうが、致命傷を免れる程、弱くはなかった。


「いいえ、助かります。助かります! 生きてるんです!」


 神名かなは縋り付くようにいった。女医は治癒の《方》が使える。欠損を補える程のものではないが、生きている限り治癒させる事ができるはずだ、というのは半分以上、神名の願望だ。


「あっちは即死だったんだから、辛うじてでも生きているのは奇跡の類いよ」


 バッシュが命惜しさに加減してしまった、とまではいわないが、まだ生命維持装置で何とかなっているのは、規格外の幸運のお陰だ、と女医は告げた。


 しかし幸運で助けられるのは、ここまでだ。


「私の《方》では、治してる間に死ぬわよ」


「それでも!」


 神名は縋った。


「それでも……弟なんです。陽大くんは、私の弟なんです」


 血が繋がっている訳ではない陽大であるが、神名にとって弓削は父、陽大は弟だった。


「……」


 だから何だという顔をしたが、女医は「うんッ」と一度、咳払いすると、


「保障はできないし、責任も持てないわよ」


 女医は立ち上がり、陽大の前で手を翳した。結果は十中八九、陽大を助ける事はできないとわかっていながら、《方》を発露させた。





 神名が陽大に付き添っている間も、舞台は進んでいく。


 ルゥウシェ、とも、アヤの三名以外を取り落とす訳にはいかなかったのだが、それを落としてしまった一敗は痛い。


 ――私が出た方がいい訳じゃないでしょう?


 小難しい顔をしている安土あづちを横目に見ながら、乙矢おとやは小川陣営に意識を向けていた。今度は安土が先に人を選び、それに対して小川が後出しする番だ。


 ――乙矢さんは、出せません……。


 安土は唇を噛んでいた。落としてはならない一戦だったとは思うが、陽大を出したのが失敗だったとは思わない。それでは神名が認めた陽大の価値を踏みにじる事になる。


 この一敗は、これ以上の意味を持たさない。


 気持ちを切り替え、次だ。


 ――鳥打とりうちくんか、仁和になさんか、久保居くぼいさんか……。


 後出しの時しか乙矢は出しにくい。ルゥウシェ、那、アヤの三人以外の時には出せない。


 孝介という選択肢もなかった。


 ――孝介くんは、ダメですね。


 本調子には程遠い。どうしてもとなれば出すしかないが、先発の場合は無茶だ。


「はい」


 声と共に手を上げたのは仁和だった。


「仁和さん?」


 首を傾げる安土だったが、意味が分からなかったのは一瞬だけだ。



 立候補だ。



「行ってくれるというんですか?」


 聞き返す安土に対し、仁和は頷いた。


「これ、先行は不利ですよね? こっちが弱い時に、あっちは強い人をぶつければいいんだから」


 安土は除外している孝介だが、そんな事を知らない仁和は弟が出る事に頭を回してしまった。


 さりとて、基や真弓に出ろと押し付ける事は仁和の性格上、できない。



 ならば弟を守る手段は、自分が出る事だけだ。



「はい、行きます」


 仁和がもう一度、頷く。


 頷き、はじめ、真弓、乙矢へと視線を一巡させ――、


「まかり間違っても……、死なないで下さい」


 言葉を向けたのは、基だった。陽大の敗戦が最もこたえている。聡子さとこを守るために参戦するといった基に対し、自分から手を上げてくれた先輩なのだから。


「それは――」


 約束できないけれど、という言葉が出そうになるのだが、噛み殺し、飲み込む。


「死ぬつもりで上がったりしないから、大丈夫。大丈夫。気を付ける」


 この言葉からややあって、照明が落ちる。


 そししパッとスポットライトが仁和の頭上から照らし――、


「行きます!」


 仁和の声と共に、オルタナティブ・ロックが響き始めた。


 歩を進める。半壊しているステージだが、その修繕しゅうぜんは全戦終了してからだ。


 ――条件は同じ。


 足場の悪さがどう影響するかは分からないが、仁和には強い感知がある。身体操作との連動を間違えない限り、致命的な事にはなるまい。


 ――条件は同じ。


 しかし繰り返してしまうのは、不安があるからに他ならない。


 万全とはいい難い。


 そして相手は――、


「!?」


 一際、明るい青のビームが仁和の顔を顰めさせた。


 聞こえてくるのは、プログレッシブメタル。



美星メイシンだ!」



 観客の声に仁和が肩を震わせたのは、果たしてどういう意味になるだろうか?

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