第14話「好対照な二人――6対7」

 プログレッシブメタルを入場曲に使うようになったのは、明らかにルゥウシェの影響だった。ルゥウシェがファンだという音楽ユニットは、シンフォニックメタルとプログレッシブメタルを主として発表している。


 コミケで手売りしていた時期もあるという出自は、今では珍しくないのかも知れないが、当時は珍しかった、とルゥウシェは誇らしげに語っていた。


 4人で揃いの衣装を作ろうという話になった時、バッシュとルゥウシェが白黒の魔法使い、美星メイシンが騎士、矢矯やはぎが剣士をイメージしたデザインにした理由は――、


「忘れた」


 美星は呟いたが、ルゥウシェがバッシュに対となるデザインにしようと誘っていたから、矢矯が美星と対になるようなデザインの衣装が欲しいといったからだと覚えている。できたデザインを見てみると、成る程、ルゥウシェは白魔道士、バッシュは黒魔道士と揃っている風に見えるが、美星のデザインは騎士で、矢矯のデザインは剣士というよりもマスケット銃を持っていない銃士か何かにしか見えなかった。


 ――強引で、ままだった。


 矢矯の印象を思い出すと、美星にはそうなる。初めて出会った時、矢矯が趣味で書いているという物語に惹かれた。剣と魔法の世界に、人間関係を落とし込むストーリーだった。


 矢矯からの要求は一つだけ。



 一緒にいて欲しい――。



 その頃の矢矯は、尻尾を振ってどこまでもついてくる犬のような存在だった。


 しかし、すぐにふて腐れたような顔を見せるようになり、ルゥウシェと出会い、バッシュと共に貧乏劇団を維持し始めた頃、それは最低に落ちた。


 ――常に自分しかない。優先されないと気に食わない。知らない事だらけなのに、知らない事なんてないような態度を取る……。


 かつて知り合ったばかりの頃、長所だった点は全て短所に変わった。


 ――クソみたいな捨て台詞で出て行くだけなら我慢したけど……。


 自分たちの敵に鞍替えする尻軽さには辟易へきえきさせられた。


 だが美星が何より許せないのは、矢矯自身の事ではない。



 ――とっとと忘れて、過去の事にできない私自身の事が、一番、腹が立つ!



 過去の事にしてしまいたいのに、それができない事こそ頭に来ている。


 ――後から後から滲み出てくるみたいに現れる因縁に、今こそ決着を付ける。


 一纏ひとまとめにして持っている剣と盾を持つ手に力を入れる美星は、ステージ上で待ち構えている仁和になを睨み付けた。


 待ち受ける形となっている仁和は、美星が何を思っているか、その言葉までは分からないが、その感知の《方》で美星が纏っている雰囲気は感じ取っている。


 ――斬りたいんでしょうね。


 自分へ向けられている敵意と悪意は、格下相手に取りこぼさない決意を伴っていた。


 ――ベクターさんがいなくてよかった。


 仁和は剣を握る手に力が入りそうになるのを抑えていた、筋力に頼り、念動によるコントロールが鈍ってしまえばお終いだ。美星が格下相手に取りこぼす事は許されないと考えているのと同様に、仁和とてルゥウシェやアヤが出ていないのだから、敗北はゆるされない。


 ――とにかく一勝。一勝すれば、ベクターさんと弓削ゆげさん、乙矢おとやさんの3勝で決着!


 仁和が立てている算段は、それだ。矢矯と弓削は姿を見せていないが、弓削は足止めされているだけであるし、矢矯がこの期に及んで逃げ出したり、敵の手に落ちたとは考えられない。



 ――ただ一勝、ただ一回、勝つだけでいい!



 立候補した以上、勝利は何を置いても常識だ。


 そして矢矯の言葉を覚えているからこそ、彼がいない事を幸運だと考えられる。


 ――私は今でも、メイさんの事が好きなんですから。


 聞いた時は何をいい出すんだという思ったが、今は仁和も分かる。



 矢矯は人を腹の底から嫌う事ができない。



 それが仁和と孝介を見捨てない理由であるが、この場合は欠点でもある。


 今、仁和は美星を斬るために、美星は仁和を斬るためにステージに上がる。展開するのは殺し合いでしかない。


 ――いなくてよかったのよ。


 美星がステージへ上がるのを見届けた後、仁和は剣を抜いた。


 美星も剣を抜くと、双方、不思議と対照的だと感じさせられる姿になる。


 騎士を模したコスチュームである美星は重装甲に見えるのに対し、仁和のシャツと合わせたベストとショートパンツは布製であるし、グローブとブーツは革製で、如何いかにも軽装だ。


 そして剣も、仁和が持っているのは日本刀に似せた剣であるのに対し、美星が手にしているのは、自分の格好に合わせて柄や鍔こそ西洋剣風にしているが日本刀。


 それを仁和は上段に構えるのに対し、美星は剣は右へだらりと切っ先を垂れさせる。左足を引いて心持ち半身になって盾を構えるのも、接近戦はあくまでも迎撃と牽制けんせいであり、本命は《導》による攻撃だと割切っているからこその立ち姿だ。


「止まって」


 新たな審判の声は厳しい。バッシュの《導》に巻き込まれてしまったのは不幸としかいわれないのが審判という役割であるから、自分も二の足を踏まないようにするのは当然だろう。


 美星はバッシュよりも更に《導》が弱く、ソロモンのような大きな《導》はないにしても、ギャラクシーからエクスプロージョンに移るリメンバランスは、防御手段を持つ百識ひゃくしきでも危うい危険な《導》だ。


 開幕と同時に振るわれてはたまったものではないのだから、間合いや雰囲気を読もうとするのも当然だ。


 沈黙は長くなるが、それも短時間であれば観客の緊張感を増させるため赦される。


「……」


「……」


 そうでないとしても、仁和と美星は互いの隙を伺う体勢になるのだから、沈黙による緊張は観客以上に高まっていく。


 早く始めさせろと野次ヤジが飛ぶギリギリまで、審判は停止を命じた。


 先に緊張感を切ってしまったのは――、


「ッ」


 美星だ。矢矯の教え子が相手――格下だという事が、長すぎる停止に苛立ちを募らせすぎた。


「始めろ!」


 審判が手を振り下ろした次の瞬間、仁和は全ての《方》を全開にした。


 ――ソニックブレイブ!

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