第15話「勝利への渇望は屈辱に勝る――6対7」

 タイミングは完璧だった。仁和になの自画自賛ではなく、矢矯やはぎが見ても完璧な仕掛けだと判断したはずだ。


 仁和が出せる最大戦速は孝介に勝り、時速180キロに達するし、最高速に達するまでの加速とて師である矢矯に迫る力を身につけている。


 対する美星メイシンは、ルウウシェ、バッシュに続く三番手に過ぎない。


 コマ落としにしか見えなかったはずだった。


 だが現実には――、


「!?」


 横合いから襲いかかってきた衝撃が、仁和のソニックブレイブを完全に止めた。


 滑走する身体を制し、両足を地面に付けたままの体勢を維持しながら見遣った仁和は、何が起きたのかの理解は及んでくれた。


 ――盾? 盾で殴りつけた?


 理屈は簡単だ。細い刀よりは、身体の半分をカバーできる程、大きな盾の方が加速してくる仁和を捉えるのは容易であるし、そもそも鋭さはなくとも、重量があり、また堅牢な盾は鈍器だ。



 殴りつけるには向かないが、殴りつけられるならば、それは武器となる。



 だが仁和のソニックブレイブは、逃走は兎も角、回避はさせない技だ。


 ――何を、どうやって?


 それこそ雲家衛藤派のリメンバランスは、広範囲に高火力を振りまく、六家二十三派りっけにじゅうさんぱを代表するような《導》ではなかったのか、と仁和が目を剥いていた。


 ただし現実は――、


「もう使ってた」


 仁和を睨む美星が低い言葉を紡いだ。



 使っていた――リメンバランスだ。



「センチュリオン――番兵の記憶」


 それは攻撃でも防御でもなく、だ。


 それも《導》ともなれば、相手の行動の起こりを知らせるだけでなく、思考までも読んでしまう。今、美星が仁和が心中で発した言葉に対してさえ返事した事こそが、リメンバランスの効果だ。


 ――感知の《導》を使った? そんな!?


 それは仁和にも信じられない。


 そんな《導》があるとは思っていなかった、という理由ではない。《導》は攻撃以外にもある。障壁の《導》が基の使う魔晶氷結樹結界なのだから、感知にもあって当然だ。


 使うと思っていなかったのだ。


 ――鬼門でしょ、それ!


 感知は矢矯が最も得意とするものであり、また戦力の基本に据えている。


 それを使うしか回避する手立てがないのも事実であるが、矢矯が得意とするものは使わないと考えていた。


「負けるよりマシ!」


 仁和の思考を読み、美星が怒鳴った。矢矯が感知と念動を得意とし、戦力の中心にその二つを置いている事など、仁和や孝介以上に知っている。そんなものに頼らなければならない事が屈辱であるのも当たり前だが、自分の好き嫌いを舞台に持ち込む愚行の方が、美星には有り得ない。


 美星は苛立ちを募らせすぎて、隙を見せてしまったのではない。



 この《導》を使っている余裕が招き、カバーできる隙だったからだ。



 寧ろ安易に飛びついてきた仁和こそが、緊張感を欠いていた。


 美星が盾を突き出し、歩を進める。


「このッ!」


 体勢を立て直した仁和は再び溜を作り、ソニックブレイブを発動させようとする。


 ――どれだけステータスが上がっても、身体の動かし方は私の方が上でしょ!


 矢矯から最短で動く事を叩き込まれている仁和である。攻防一体の一拍子の動きができる。身体を動かす事は下品とするのが六家二十三派なのだから、美星の動きも受けて、押さえて、打つ、という三拍子が必要だ、同じ速度ならば、3倍の差が出るはず。


「思考を読んだから、私の方が速い!」


 動作の完結は遅くとも、始動が圧倒的に早いとなれば、半歩分のアドバンテージが美星側にあった。


 もう一度、仁和の身体を盾での打撃が襲う。


 それこそ仁和の感知は打撃を読み、適切な回避が取れるのだが、回避の後の攻撃ができない。


「リメンバランス!」


 読まれている。回避の方向も、タイミングも。読み合いとなれば、より明確に感知できる美星の《導》が上だ。


 そして攻撃に転じる場合も、美星の《導》を全て把握できていない仁和は遅れてしまう。


「オールイン――決戦の記憶!」


 その《導》は大規模に炎や吹雪を舞わせるものではなく、ただ刀の切っ先に集中させ、叩きつけるもの。《導》はより鋭く、より強靱な刃となり、貫いた者の内部から飛び出して破壊する。


 ただし仁和の逃げる方向、タイミングが分かっていても、クリーンヒットは望めない。回避も矢矯が徹底的に叩き込んだ動作だ。


 ――避けられる!


 二度の打撃で息を詰まらされている仁和だが、身体操作する余力は残している。


 取られているアドバンテージは半歩だけだ。


 ――半歩で稼げるのなんて精々、掠めるだけでしょ!


 高を括って回避に入る。無傷で終わるとは思っていないし、陽大は手足が繋がってさえいればいいと立ち上がってきた。その陽大を見ている仁和も、同じ覚悟はできている。


「そう、掠めるだけ」


 剣を振るう美星が、仁和の言葉を繰り返した。


「掠めるだけで、勝てる戦いだろ!」


 乱暴な物言いと共に、美星の手に仁和の肩を刃が掠めて感触が駆け上がってきた。



 美星の持つ日本刀から、呪詛じゅそが仁和へと流れ込んだ事を告げるものだ。



「!」


 仁和が身体の異変に気付いたのは、その直後。

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