第12話「初めて渇望した日――6対7」
閃光の膨張が収まると、収縮は一瞬で終わった。出現した時と同じく、突然、消滅した。
辛うじて形を留めていられるステージに降り立つバッシュは
「他愛もない」
それは言葉通りに楽勝は示すものではない。降り立った直後、足が
立っているのがやっとという状態だ。そもそも
それと引き換えにして、ステージ上の惨状を引き起こした。
見れば黒い影が一つある。
――審判か、あれは。
何の防御装置も手段も持たず、そもそも
それに対して
「原形を留めてる」
ルゥウシェが拍手した。
小川陣営には、そんな緩い空気が流れている。バッシュの勝利だ。審判はいなくなってしまったが、勝利を認めるのは観客の役目であり、審判は伝達と宣言だけが役目だ。
この惨状に相応しい威力を見せたのだから、観客の満足度とて高い。
だがバッシュは、すぐにアピールできなかった。倒れ込んでしまいたいくらいなのだから、腕を上げる事も、声を張り上げる事も重荷だった。
だが宣言しない事が、安土陣営の慌てっぷりを観察させる時間になる。
「
真弓が悲鳴を上げていた。相手は全員、大火力を有するのだから、
蒸発してしまわなかった事だけでも幸運かと思わされる惨状だ。
「……いえ、大丈夫……」
「ホント!?」
真弓が振り向くと、仁和はハッキリと頷いた。
「死んでない」
頷き合う二人が同時に、同じ内容を叫んだ。
「立って!」
まだ決着の合図がないのだから、戦いは続いている。バッシュから追撃が来たら、今度こそ殺される。
「立って! 立たないで、どうやってバッシュに勝てるの!」
真弓が手を叩き、足を踏み鳴らす。
「立って!」
仁和も同様だ。
「立って下さい!」
三人が声を張り上げ、立てと叫ぶ。
――聞こえてる……。
その声はうつ伏せに倒れている陽大にも届いていた。
――聞こえてるから、もう少し待ってくれよ……。手足が自由にならないんだよ。
身体を支える
――大丈夫だ。手も足も、繋がってくれてるんならいい。《方》で動かすんだから。
身体の中に障壁を張り直す陽大は、急がなければならないと思いながら、焦りを抑え込む。バッシュがその気ならば、もう《導》を放ち、とどめを刺している。そうしていないのだから、焦る必要はない。
――立つ。もう少しだけかも知れないけど、頑張れる。
心得ている、と陽大は歯を食い縛った。その程度はできた。
――立って戦うんだ。まだできる事がある!
だが、その時だ。
「いいえ。もう立たなくてもいい」
陽大の耳にも届いた声なのだから、仁和や真弓にはハッキリと聞こえた。
何をいい出すんだと皆の目が向いた先に立っているのは、他ならない
神名は自分へ振り向けられた視線など見ていない。
「もう弦葉くんは十分、頑張ってくれたはずよ」
神名が目を向ける相手は陽大だけだ。
陽大は、まだ賭けられる命があると立ち上がろうとしているが、それに対し、よせという。
分が悪いなど考えず、捨てる事がわかりきっていても賭けようとするのが陽大だ。
どれ程、頑張ろうとも理解されなかったからだ。
39人分の不満を一身に引き受けさせられた学生時代。
事故を事故と思ってくれなかった世間。
苦しんで死ぬ事以外、誰も陽大に望まなかった。
今も陽大の耳に聞こえてくるのは、立て、だ。続く言葉は、勝て、死ねと対照的であるが、共通しているのは、立て――つまり頑張れという事。
だが神名はいう。
「代わりはいるから、大丈夫だから!」
陽大に求めるのは結果ではなく、その努力だ。バッシュとの戦いを、無様だとは思わない。勝つ事だけが価値のあるものではなく、命を拾えるならば、拾って帰ってくれる事こそが神名の望みだ。
仁和や真弓は、何をバカな事をという顔をするが、何より驚いた顔をしていたのは当の陽大だった。
「もう十分やったわ。もう頑張らなくていい」
そんな陽大へと神名が続けたのは、恐らく陽大が最もいって欲しかった言葉。
目一杯やってきた。
「いつだって、弦葉くんは自分にできる事に全力で、精一杯、やってきた。今だってやった」
神名は経過を最大の成果であると認めてくれた。
「生き残って!」
神名は拾った命なのだから、それを捨てるなといった。
だが、そういわれた陽大が、そのまま寝ているはずがない!
全身に障壁を張り巡らせ、《方》を総動員して立ち上がる。
「――」
――初めて、いいます。
その出せない声で、陽大は告げる。
――勝ちます!
それ以外に、陽大の中に生まれる言葉など、あろうはずがない。見守って欲しいと望んだ、自分の精一杯を認めて欲しいと望んだ陽大に、神名は応えてくれたのだ。
倒れそうになりながらも、周りからの「頑張れ」という声に対し、気を張り詰めて立ち上がってくる陽大は、いってほしい言葉をかけられた今こそ立ち上がる。
視線を神名からバッシュへと戻す。《方》で無理矢理、動かすしかない身体は、もう苦痛も生まない。それだけ限界を迎えてしまっているという事だが、陽大は「関係ない」と踏み出した。
――動かせるんだろ!
走れと、障壁を変化させ、身体を動かす。その精度は最高の高みに達した。弓削に匹敵するスピードでバッシュへ迫る。
――勝利を寄越せ!
歪む顔で捉えるバッシュの顔は――、
「はん……」
何を考えていたのか、陽大に悟れるものはなかった。
「勝ったぞ、ルー」
ただ、そういった声は聞こえ、次に起こった《導》が全てを寸断した。
「リメンバランス」
起こったのは、安全圏を全て塗りつぶしたリメンバランス。
「インフェルノ――煉獄の記憶」
自らも巻き込んだ、文字通りの自爆だ。
「ッッッ!」
隙間に滑り込もうとする陽大は、
その《導》が導いたのは、地に伏す陽大と、立ち往生のバッシュ。
陽大敗北――6対7。
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