第3話「打倒すべきもの」
当主争いに勝利した
「
梓が経験してきた事が即、会の戦いに転用できる訳ではないが、応用を利かせる事を思いつかないならば問題だ。
「そこまでは、思わないけれど」
「のし上がるなら、まず捨てなければならない思い込み、または固定観念というものがあります」
会の取り繕いを無視し、梓は続けた。
「
梓は「この辺は舞台に上がっていた百識を見れば一目瞭然でしょうか」といいつつ、僅かとはいえない程度の嘲笑をこぼした。
会が経験したのは一度だけだが、それでもレバインたちの戦い方は梓のいう「百識の枠」に収まっていた。
「大抵の百識は、こういう言葉が大好きです。最強、絶対、パーフェクト、無敵、万能……挙げればキリがなくなってきますが。こういった言葉です」
レバインが絶対防御と呼んでいた事など、最たるものだ。結局は
「全部、いう程のものではないのですけどね」
「より大規模に、より高火力に……そう考え、《導》での決着を
梓の苦笑いが強まるのは、
六家二十三派が女系女権の家系になるのは、血統崇拝に寄るところが大きい。
最も優れた女が当主となり、優れた男の子供を産む事で紡がれる優秀な血統こそが誇りであるからだ。女が当主であれば、父親が誰であろうと確実に当主の子供になる。まるで競走馬のような血統崇拝こそが、六家二十三派を特別な百識としていた。
自家の《導》を絶対のものとして進化させる事を主として考え、そのために無駄と断じてものは、人であろうと要素であろうと、容赦なく斬り捨てていく。
接近戦のような身体能力に頼る攻撃を疎んじるのも、それだ。離れて攻撃できるのならば、離れてすればいい。身体能力も決して低くはないが、それでも現代の複雑化、システム化されたスポーツでプロになれるような者はいない。
「極々、一部の例外を除いて、でしょう?」
ただ、そこで一言、乙矢が口を挟んだ。
一部の例外とは、
「……えェ、そうですね」
梓も知っている。特に先日の舞台で戦死してしまった矢矯は、恐るべき遣い手であったと思う。六家二十三派の《導》に対し、接近戦を挑む能力は特筆に値する。本来、個人に対して放つのではなく、集団に向けて放ち、しかも殲滅する火力を有する《導》であるから、安全圏があるのだから踏み込めばいいというのは、言うは易く行うは難しというもの。
矢矯だからできたのであり、そこまでの身体能力を持っている百識は絶滅危惧種以前に、矢矯か弓削しか存在していないといっていい。技術に関してならば、孝介や仁和、陽大や神名も身に着けているが、矢矯のように最大戦速が時速1200キロなどという事はない。
「六家二十三派に限らず、割と百識の多くは避けるけれど、だからこそ強い人は強い」
乙矢のいう通り、身体強化で――正確にいうならば矢矯は身体操作であり強化ではない――しかも物理的な攻撃を繰り出す事は、多くの百識が脳筋と蔑称で呼ぶ。
「炎には氷、水には雷、雷には土……と、属性や相性を語る人が多いですからね」
梓も頷いた。
属性や相性を考える頭がない、また実力のない者が取る攻撃手段が物理だというのが、大方の百識が思っている事だ。
「でも現実には、ベクターさんや弓削さんは、何も考えられないから武器を振るってる訳ではないはずです。寧ろ相手との距離、自分の立ち位置など、考えなければいけない事は山のようにあり、それは会様もご存知の通りです」
矢矯の身体操作は兎も角、弓削の《方》を習っている会は、決して弓削が脳筋と蔑まれる存在ではない事を理解している。
「それはわかる。わかるけど、今更、いわれるまでもないでしょう?」
弓削が恐るべき百識である事を言及されるのは、会としては今更としかいいようがない。
第一、会が感じている疑問は、梓が雲家椿井派の頂点に立った経験を応用できるのか、という点。梓は
「会様が磨かなければならない事は、鬼家月派の《導》ではないという事です」
梓が種明かしした。しかし互いに互いの《導》を教え合えば使えるようになる、という話でもない。それを今からやるというのは気の長い話であるし、会を弓削に師事させた意味がぼやける。
「私の
梓の視線が乙矢へ逸らされた。
「魔法使いの魔法を加えさせていただきました」
梓が加えたのは、乙矢の魔法だ。
それも加えたのは考え方。
梓のNegativeCorridorは、雲家衛藤派のリメンバランスと同質の《導》であるが、制限が遙かに少ないのは、乙矢の魔法と同じ考え方で使われるからだ。
「それと同じく、会様には、打倒していただく思考法というものがございます。それを、これからは私が」
梓には、一度、六家二十三派の頂点に立ったからこそ分かる思考法があるのだ。
「単純に、NegativeCorridorを憶えろという事でもないですし、レベルを上げて物理で殴れという事でもありませんから」
「……」
梓の言葉に会は顔を顰めつつ、
「最後のいい方、ちょっとムカつくかな」
そういったスラングを嫌うのは、弓削や孝介の影響か。
「それは、申し訳ございません」
梓の苦笑いが、この昼下がりで最後の言葉となった。
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