第21話「消えた後継者」

 同じく雲家うんけである椿井派つばいは衛藤派えとうはの《導》は同種である。


 ルゥウシェがリメンバランスを複数、掛け合わせ、より大きく、強大にしたように、梓のNegativeCorridorネガティブ・コリドー陽大あきひろかいの攻撃から抽出して《導》を巨大化させた。


 しかしSeraphicセラフィックと名付けられた攻撃が巻き起こした光は、ルゥウシェが基や孝介へ放った暴力的な破壊力を秘めた攻撃ではない。


「――」


 陽大のストライクスリーや会の鬼神が変化した槍での一撃は、身体能力にものをいわせて耐えた当主は、感覚が消失していくのを感じた。


 身体が浮き上がってしまう感覚に襲われ、そのふわふわした感触の中、自分の中からあらゆるものが消失していくように感じてしまう。


 力が抜ける。


 そして自分の身体に満ち満ちているはずの、いわばとでもいうべきものが消滅していくような感覚に陥ってしまう。


 膨れあがる光のせいだ。


 その光が、当主の鬼神を風船のように膨らませていく。


 そして屋敷を包み込んでいる鬼神の外にいる基は、その卓越した感知で、中の《導》が結界の限界まで膨らんだ事を知った。


「……」


 改めて電装剣でんそうけんを構える。ただし二重になっている結界の内、外側は最高硬度を持つ防御結界であり、基の電装剣でも、その「外殻」しか斬れない。


 それでも基は電装剣を振り下ろす。


 ――斬奸剣ざんかんけん両断りょうだん


 騎馬立ちの構えから、結界を真っ向唐竹割りにする。


 やはり外殻しか斬れないが、内部で膨れあがっている光は防御力を殆ど有していない内殻を破裂させるには十分だった。


「!?」


 窓から射し込んできた陽光に、会は顔の前に手を翳さされた。両手で扱うしかない槍であるから死活問題になる動作であるのにも関わらず。



 しかし問題にならなかったのは、戦闘が終了していたからだ。



「お見事……」


 その言葉は当主から発された。


「……」


 会が目を移せば、壁に身体を預けて座っているしかできない当主の姿がある。会に貫かれた傷は肩。致命傷とはいい難いが、手で押さえたくらいでは止血できていないのだから浅手ともいえない。


 陽大は未だ警戒を解いていないのだが、会は槍の穂先を降ろした。


「私たちの――私の勝ちですね」


 会の勝利宣言。


 ここまで圧倒的な力であらゆる者をねじ伏せてきた当主であるから、致命傷を負っていない今の状態でも十分に反撃できる、というのは、この場では陽大しか抱いていない。



 壁を背に座り込んでいる当主は、三人の攻撃で根刮ぎ力を奪い取られてしまっている。



 そして、ここでぶつけられた言葉にあるのは「私」――。


「はい。会さんの勝ちです」


 当主の目が会へ向けられた。他者に見下ろされるのなど、当主になってから初めてだった。


 ――腕は上がる。立ち上がれる。だけど、戦う気力は、どうしても起きない。


 梓の《導》によるものであり、だからこそ会の宣言が当主に効いた。


 ――私たち、ではなく、私といい直しましたね。


 梓がどちらについていたかだけで決まった決着なのだ、という言い訳もできるが、当主はしない。


 ――会さん一人ならば、私に及ばなかったでしょう。梓が外にいる以上、もうここへは入ってこられないはずだったんですから。


 梓が屋敷の中に来られた理由は、はじめ陽大あきひろの助力があればこそだった。


 梓、基、陽大、もっというならば乙矢おとやがいた事が当主の敗因であり、そこでは会の存在は薄い。


 だが当主は思う。


「全て、会さんの力です。会さんに敗れました」



 当主が後継者に望むのは、



 梓を従者とする事、基や陽大と親交を結べた事、乙矢すらも動かせた事、そけら全てが会の力だ。


 そして、そんな力こそを当主は求めていた。


「これで、あなたが――」


 鬼家きけ月派つきはの当主だと続く言葉が出るはずだったのだが、床に槍を突き立てた会が遮った。


「これで、鬼家月派はです」


 当主を倒したが、会は鬼家月派を継ぐ気はないと宣言する。


「継承は権利であって義務でない。そうでしょう?」


 当主を見下ろしたままの会は、気分のまま口にした。


 権利も義務も、そんな話は存在しない。


 存在しないが、「だったらここから存在する」といえる事が勝者が通せるままだ。


「……」


 目を細めた当主に去来する想いは、果たして何だっただろうか?


「では、失礼します」


 会は確かめるでもなく、突き刺した槍すらも放置して背を向けた。



 勝者は自分なのだと、その全身で告げながら。



「ありがとう」


 それでも陽大と梓へ向ける笑みは、勝者の驕りよりも助けに来てくれた親友たちへ向けられるものだった。


「ご無事で何よりです、会様」


 肝を冷やしました、と告げる梓は、倒れ込みそうになっている会の肩を引き寄せ、強く抱きしめる。


「私も含めて、会様の力ですよ。死地に向かうならば、万全の装備で向かって下さい」


「……ごめん。ありがとう」


 会も梓の背に手を回し、力を入れて抱きしめた。





 何もかもが去った屋敷の、その高い天井に電話の呼び出し音が残響していた。


 電話がかかってきたのではない。


 当主が耳に当てている受話器から漏れる音が響いているのだから、この屋敷に人の気配などしなかった。


「はい」


 出た相手は……、


「警察です」


「山の上の月です」


 その言葉は、この場所では特別な意味を持つ。戦前からの大地主であり、今でも「山の上の月」といえば鬼家月派の大きな屋敷か、その当主である彼女を指す言葉と認識されている。


「月……さん。何かありましたか?」


 電話に出ている警官からも、若干どころではない緊張感があった。


 その過剰な緊張感がなかったとしても、次に出て来た言葉は警官の思考を奪った事だろう。



「娘を……殺してしまいました」



「は?」


 失礼と自覚させられるよりも早く、そんな不躾な聞き返し方をしてしまった。


「娘を、殺してしまいました。不出来な娘で……本当に不出来で……」


 当主の声は、徐々に掠れていく。


「でも本当に不出来だったのは……一番、出来が悪かったのは、私でした」


 会の残した槍は、今、床ではなく当主の腹に突き立っているのだから。


「それがどうしても……どうしても堪えられなくて、つい……殺してしまいました」


 当主の声が遠くなっていく。


「もしもし、月さん? 月さん!?」


 警官が声を荒らげる中、当主の身体はゆっくりと崩れ落ちた。


 ――会。会さん。


 倒れた当主が幻に見るのは、自分を超えていった娘。


 ――私が鬼家月派の事を思っていても、しかし能力の差ほどに、私は会さんを想ってはいなかった。


 見限られて当然だ――その思いを最後に、鬼家月派最後の当主は、この世を去った。

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