第20話「光射す」
精神の異常、肉体の異常、精神の崩壊、肉体の崩壊と続いてきた重圧結界であるから、これ以上はなにいと思っていた事が、まず理由の一つ。
――肉体の崩壊、つまり命を手放させる次がある?
当主にも想像ができなかった。
――
その言葉の意味も分からない中で起こった結界の変化も混乱させるもの。
苦しみが消えたのだ。
「ここに来て、解除しましたか」
少々、手間取ったが、当主は自分を蝕んでいた不利な条件が消えた事だけで十分だと断じたのだが――、
「消えてねェ!」
当主が振るう拳は、心臓を破裂させる程の威力を秘めているというのに、陽大は真っ向から弾き返したのだった。
それは当主にとって有り得ない光景だった。
だが陽大は、今、当主の拳を弾き返して間合いに侵入したのも事実。
それだけではない。
――
受け止められれば腕をへし折られると
「――」
胸に受けた当主は息が詰まった。それで済んだのは僥倖というべき事だ。この戦場は当主の《導》で覆われている事が戦闘不能に陥らせなかったに過ぎない、
――超越者、成る程。
感知の《方》を使っている会は分かった。
――身体強化!
筋肉の密度を上げたり、異形化するという身体強化の《導》もあるが、それとも違う。
聡子の《導》で蘇ったために得られた陽大の《導》は、陽大の生き様を再現する事を主としている。
――恨みと絶望と孤独の中、死んだ方がマシだと思うような状況に陥らせるのが、フェーズ4までの結界。最後は、それに打ち勝つ力を持っている者には、その全てを引き出してくれる!
当主に肉薄する陽大は、事故を事故と認めてもらえずに世間を恨み、傷つく事しか望まれない事に絶望し、誰も認めてくれない孤独を抱え、死んだ方がマシだと思うことが
だから重圧結界爆のフェーズ4に耐えられる。
会も同様。見えない左目を嘲られる事への恨み、力の及ばない自分への絶望、無理解の孤独にいたからこそ耐えられる。
梓もだ。
だからこそ耐えられたフェーズ4だ。
そしてフェーズ・ファイナルは、恨み、絶望、孤独を知って尚、守るべき者を知っている事が発動の条件となる。
陽大が倒された時、黙って見守ってくれていた両親、努力を認めて、かけて欲しかった言葉をかけてくれた
会にも梓が、梓にも会がいる。
自分の出発点であり、自分が帰る場所でもある――始点にして終点を持っているからこそ、力の循環を起こすことができる。
そんな中で、当主には陽大、会、梓のような変化が起きない。
「行けるかも知れません」
梓が真っ先に悟れた。
成る程、確かに当主も、自分の鬼神が
だが当主が恨みと孤独と絶望を感じながらも守りたいものは、鬼家月派――つまり自身の野望でしかない。
守るべきものであっても、守られないものならば、フェーズ・ファイナルの条件から外れている。
――私が分けた大罪が、より活性化して身体に宿っていますね。
梓は自分の身体にも宿らせている、三者三様の大罪も結界によって力を引き出されていると感じ取っていた。
三人の身体を循環する《導》は、これまで身に着けてきた全てが集まったもの。
――恐ろしく動きやすい!
当主の結界によって《導》や《方》の発動にタイムラグが生じている状況でも、会は身体操作が研ぎ澄まされていると自覚していた。
そして感知の《方》によって陽大との連携も確実に取れている。
「
陽大が当主を後退させ、
「えェ!」
会の追撃が更に勝機を広げていく。
それを阻止しようといる当主の攻撃は……、
「精彩を欠いていますね」
梓のいう通り、格闘技や武道の知識、経験のなさが露呈した形だ。反射神経だけで
それでも当主の攻撃に備わっている威力が足止めの役にも立たないなどという事はない。強化された感知の《方》と身体操作でも、気質や気性というものは不変だからだ。
引きが大事と知っているからこそ、陽大も会も正面衝突は避ける。
それに対し、当主は相手が引いたのならばと前に出てきた。
――行けますね。
それを梓は隙と見た。
梓がそう見たのだから、会と陽大も同様。
「
その時、当主の拳に対して会は真正面から向き合っていた。
当主の攻撃を誘う罠であったが、その判断を当主は誤る。
――衝撃に弱いのではなかったですか?
確かに当主の打撃は、スレッジハンマーで殴りつけられたほどの衝撃をもたらし、そんなものを正面から受ければ鬼神を纏っている会と言えども吹き飛ばされる。鬼神と動きを一致させられず、鬼神の中から触れてしまうような事があれば会は無事では済まない。
大振りでも当たる事を確信している当主は、その拳を振り切った。
狙いは重心のある胸――!
「!?」
鬼神を殴り倒す手応えを感じた当主であったが、そこに予想していた光景はなかった。
――会さんは、鬼神を解除した!?
会は
当然、鬼神は消滅するが、その
「弦葉……陽大……!」
思わず当主が口にした名の少年だ。
――迎え撃てる!
当主の直感は外れない。
感知の《方》によって完璧なタイミングを計ったのかも知れないが、スクリーンにしていた鬼神が、どの程度の抵抗かまでは計算外だった。
極々、僅かであるが、陽大の動きは当主に反撃を行う隙を
――それでは倒されてあげられません。
この当主の言葉は、何度目になるだろうか。この言葉が出る度に、当主は会の攻撃を封じてきた。会が陽大に変わろうとも同じ事と、陽大の隙へと拳を――、
「いいや!」
陽大も当主の隙を見つけている。
――何が何でも強振しなきゃいけないなんて事はない! 大事なのはタイミングだ!
陽大の動きに合わせて拳を置きに来たのならば打倒できない事を知っているからといって、今の陽大へ強振しようとしたのは愚策だ。
陽大の身体が沈み込み、当主の拳は空を切る。
身体を沈み込ませながらの入身、そこから放たれるのは対数螺旋を再現した足払い。
その足払いの勢いを、今度は縦の対数螺旋へと繋いで跳び上がり、その頂点に達したところでもう一度、横の対数螺旋へと繋げる。
――ストライクスリー!
当主の首へ陽大の蹴りが叩き込まれた。
「はァッ!」
入れ替わりに会が裂帛の気合いを発する。
今、会の身体を循環している《導》が槍に集中し、その切っ先をより鋭く変えた。
――
これは会が手に入れた鬼神の異形化だ。
会の鬼神は槍の切っ先となり、当主の肩口へと叩きつけらる。
「
陽大と会の攻撃が合わさったところへ、梓が《導》を放った。
「
それはルゥウシェや石井が行った《導》の合成を再現するもの。
陽大と会の身体を覆う《導》が混じり合い、昇華し、光に変わる。
「――」
当主の口からは、言葉も出ていなかった。ただ何もかもが身体から消えていく感覚のみが残る。
巨大な光球となった《導》は、内部から膨れあがって当主の鬼神を破壊したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます