第6話「小川の算段、紀子の目論見」
意外であるが、この舞台は信賞必罰ではない。
勝敗を決めるのは観客だといわれている通り、その信賞必罰も観客が決めるといっても過言ではないからだ。
ファンが多くなればアンチも増えるが、その割合は5対5ではない。
ポッと出の
それ以下なのが
それとは対照的に、ルゥウシェやアヤが持っている
敗戦は落胆こそさせるが、アンチは生まない。
そしてアンチは喝采するが、矢矯や孝介のファンになったという者もいない。
それはつまり、ルゥウシェやアヤには挽回の好機はいくらでもあるという事でもある。
そんな状況であるから、小川へ
「……つまり、
コーヒーを口に運ぶ手を止め、小川は紀子の言葉を繰り返した。
「はい」
紀子も首肯し、繰り返す。
「本筈聡子の母親は本筈
紀子が持ってきた情報は、安土が隠していた事実だ。
安土の娘が聡子――。
世話人として動く上で、家族や恋人の存在はウィークポイントになり得る。特に幼い子供はそうだ。
場合によっては人質となる。
そして小川が今、考えている事も、その人質だ。
――これで一気に解決する!
どうやって陽大を舞台に上げるか、その算段が立つ。弓削が加わっているため、そう簡単に制裁マッチは組めないし、前回の舞台で白旗を揚げさせられた小川であるから、安土が世話人として就いている陽大へは手が出にくかった。
だが安土に弱点が――しかも公表していれば運営側も庇ったかも知れないが、隠していた子供の存在は利用できる。
「多分、女医の娘と公表していた方が、運営が庇いやすいと踏んでいたんでしょうね」
こんな舞台であるから、闇医者の需要は高いはずだ、と紀子は当たりを付けていた。
ただし、それ以上、踏み込むつもりはない。紀子は安土を追い落とす必要はないし、世話人は同業者という意識も薄いが、蹴落とさなければならない敵という認識も薄い。
「なるほど、なるほど……」
小川は頷きながら、その脳裏で展開を組み立てていくのだが――、
「あの、後にしてもらっても良いですか?」
紀子が大きく溜息を吐きながら、中断しろと声をかけた。
――情報交換だろう? 目の前にいるのに視界の外にでも出したのか?
苛立ちは精々、顔に出す程度に留め、それもコーヒーカップを口元に寄せる事で顔半分を隠した。
「ああ、すみません」
小川は恥じ入ったような言葉を口にするが、言葉だけだ。
「その
「あァ」
紀子も名前は知っている。制裁マッチが組まれているし、その制裁マッチで六家二十三派のルゥウシェを平らげたのだ。
「最新の
「
小川はそうだと頷いた。
「彼女の《導》は戦闘に特化したものではないんです。武器や防具を作るのに向いているんですね。そんな《導》だから、ルゥウシェが刀を依頼した、というのです」
「武具、ですか……」
紀子は首を傾げるのだから、疑問を持っている。百識にとって武具は、それ程、重要ではない。結局、決着は《導》でつくからだ。より大きく、より強力な《導》を操る方が勝つというのが、紀子も他の百識と同様に持っている認識だ。
武器も防具も、見栄えが良ければそれでいい――それが百識にとっての常識だ。
「ベクターですよ」
小川も紀子の疑問は
「ベクター……まぁ、ルゥウシェさん、バッシュさん、
少々、挑発的な言葉を交えたが、紀子も分からないとはいわない。
「刀で上回りたい?」
想像するのは易い。
「はい。そのための刀は、どれだけの刀であっても足りない。そのために生まれてくる神器名刀でなければならないからこそ、石井さんへ依頼したんです。そして、その刀は――ベクターに近い者を呪うのです」
そういう風に作られたものだ。
「その試し切りに使われた。負けても、意味がない訳ではなかった、という事ですか」
「その通り」
パンッと小川は手を打った。
「そう簡単に消えない呪詛です。今頃、苦しんでいるんじゃないですか?」
「……」
今度は紀子が考え込んだ。その孝介を舞台に上げれば、六家二十三派を倒した少年を始末した――世話人としても、また百識としても名が上がる。
「それに今、丁度いいところにいますよ」
小川のいう「丁度いいところ」は、紀子を不愉快にしてしまうのだが。
紀子の別れた夫の名は、
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