第7話「招待状」
――全部、止める訳にはいかないんだよな……。
苦痛は止めるが、五感を活かさなければならないのが辛いところだ。
結局、信号の選別は生活する事で行っていくしかない。
活かすべき五感を確かめ、まず活かさなければならないものを通し、他をブロックする。段ボールの上げ下げ、開封、品物の確認、カビや加水分解されてしまっている部分はないか――それらを確かめていく事で、活かさなければならない信号を掴んでいく。
次に活かした方が良い信号を調べていくのだが、これが時間をかけるしかない点だ。
「くそッ」
毒突く孝介。そろそろ苦痛が上回ってきてしまった。苦痛を完全に止めていられるのは念動と感知を全開にしている間だけであるから、一日で見れば短時間だ。それ以外は精々、軽減できる程度でしかないのだから、そんな中での慣れない作業は兎に角、負担になって行く。
――休憩しながらでいいよとは、いえないしな……。
能率が上がらないのは仕方がないが、手を休めていいというタイミングは陽大には分からない。
しかし苦痛の表情が多くなってくると、声を掛けるしかないのだが。
「ゆっくりでいいから、確実に。俺は弓削さんからいわれたけど、ベクターさんからはいわれなかった? ゆっくりはスムーズ、スムーズは早い」
「……ああ、わかってる」
息を切らせている孝介であるから、その返事も掠れていた。
「……」
どうしたものかと思う陽大は、そこで聞こえてきたドアをノックする音で救われる。
「どう? 一段落した?」
優しい声は
「まぁ、何とか」
陽大はホッとした顔を神名へと向けた。能率が上がっていないのは、倉庫内の様子を見れば分かる。孝介を気にしながらの作業になってしまうから、陽大が一人でやっているよりも片付いていない。
「まぁ、まぁ、もういい時間だし、切り上げましょう」
神名も片付いていないのは分かるのだが、手を叩いて時計を示す。倉庫内ではわかりにくいが、日が暮れている時間だった。
この時、時間に関して感じた事は、孝介と陽大で真逆だ。
「もう、そんな……」
「まだ、そんな……」
前者が陽大、後者が孝介。苦痛が治まらない孝介にとっては、一時間が一時間に感じられない。逆に陽大は、思った以上に仕事が進んでいない事を気にしている。
「慣れないと仕方がない、仕方がない」
神名はいつもの調子であるが、それが尚、陽大の気分を焦らせる。
「でも――」
陽大も孝介とは合わないと思っているから余計だ。
「大丈夫だ」
そこへ運転手をしていた弓削が顔を見せる。
「古本屋の仕事って、イメージと違ってただろう?」
弓削も神名と同様に、孝介の事は慣れるまで仕方がないと考えていた。陽大のような存在は希有である、というのが弓削と神名の双方が感じている事だった。
「カウンターに座って、本でも読みながら客が来るのを待っているイメージだったもので……」
「よくあるイメージだ」
笑う弓削は、「和装でな」と戯けた。
「そんな暇、ないでしょう」
すかさず口を挟んだ陽大は、作業手袋を脱ぎながら倉庫の中を顎で指す。
「殆ど、在庫の管理と、買い取り、発送……そればっかり」
力仕事ばかりだというのは、今日一日の仕事で分かっただろう――とはいわない。
「買い取りは、もっと大変」
神名の苦笑いが続いた。
「エレベータなんてないアパートの4階から駐車場まで、徒歩で段ボールに入れた、埃を払った程度の本を運ばなきゃならないし……。キラキラしたオシャレな仕事じゃないわね」
神名が
「だから
弓削が陽大へと微笑みかけた。陽大が得がたい戦力である事は間違いない。生真面目すぎると感じる事はあるが、地味な倉庫整理を黙々と続けられる点は希有な能力だ。
だが、この時、陽大の生真面目さが欠点の方へ揺れてしまっていた。
「……」
陽大は片付いていない倉庫ばかりを気にして、孝介の事など見えていない。
――いつまで経っても片付かねェよ。
労働基準法に当てはめれば8時間労働を追えているのだから、自分の義務は果たしているといえるのだが、いわないのが陽大だ。弓削も神名も、8時間どころではなく働いている、と考えてしまう。
「弦葉くん」
神名から呼びかけられて、初めて陽大は顔を向けた。
「あ、はい」
話を聞いていなかったという顔をしている陽大は、神名と弓削とに視線を行き来させる。
「こんな時間だし、良ければ的場くんも夕食、一緒にどうかと思うんだけど」
陽大もいいかと訊いたところだった。
「あァ、俺は構いませんよ」
陽大も同意はするが、これは同意するしかないからだった。
――どうしても我慢できない程じゃない。
ただ一緒にいて、不愉快さが増してしまうだけだ、と陽大は何もかもを飲み込んだ。
「あ、でも……姉さんが飯、作ってるかも」
しかし孝介は逡巡し、頭の中でカレンダーを捲る。
――でも確か、今日はベクターさんが来るんだったっけ?
その日を見つけてしまうと、答えは簡単だった。
「よければ、一緒に。えェ、お願いします」
断らなかった。
「ありがたい」
弓削が白い歯を見せた。
「なるべく色々と一緒に動けた方が、教えやすい」
それは純粋な好意からだ。
「食事の前に、少し身体も動かせるしね」
そして軽く手を叩くのは、弓削も人に教えている
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