第8話「似ている二人の相違点」

 ――バイト先でご馳走になる?


 弟からのメッセージに、仁和になは顰めっ面を見せた。弓削ゆげの所でバイトしている事を知っているが故に、初日から何を甘えているんだと感じてしまう。


 ――甘えすぎてない? バイト代もらってるんでしょう?


 返信の内容は、遠慮しろという事だ。


 ――誘われたんだろうけど、気を遣われてるんでしょ?


 弓削とて慈善事業をしている訳ではない、と思うのは、仁和は孝介こうすけが呪詛を受けている事を知らず、バイトよりも《方》を習い、克服する事が第一である事を知らないからだ。


 ――断るのも失礼だろ? もう作ってくれてるんだ。


 孝介からの返事は、少々、苛立たされてしまうのだが、外から聞こえてきたブレーキ音によってやりとりは中断してしまう。


 ――あまりまま、いわないように。


 仁和は手早い返信の後、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へ行くのだから、外から聞こえてきたブレーキ音は矢矯やはぎの自転車だ。高校時代から乗っているという自転車は、相応の古さとポンコツ具合。ブレーキを握ると、キキーッと目立つ音を立てる。


「こんばんは!」


 チャイムを鳴らす前に仁和が玄関から顔を見せるものだから、矢矯は肩に掛けていた帆布はんぷ製の鞄をずり落としかける程、驚いた。


「こんばんは」


 そんな驚き顔は、すぐに形を潜めてしまうが。


「孝介が、バイトを始めたんですけど、今日は歓迎会でもしてくれるらしくて、そっちで食べる、と」


 邸内に招き入れた仁和は、少し申し訳なさそうにしていた。折角、矢矯が来てくれているのに、と言外に告げている。





 孝介がそんな連絡を送る事も、陽大あきひろは癪に障り始めていた。


 ――帰ればいいだろうに。


 そこまで気分が落ち、反感を抱いてしまう理由は陽大自身にも分からない。嫉妬に根ざした感情だとは思うのだが、嫉妬という単純な理由ではない気がする。


「さて――」


 ワンボックスカーをカーポートに停めた弓削は、そんな二人を庭の方へ下ろした。100坪近い土地を持っている弓削邸は、ホームパーティでBBQができる程、広い庭を持っている。


「少し分かってきたかな?」


 互いに微妙な距離を置いて足っている陽大と孝介へ、弓削が視線を往復させる。


 弓削が邸内ではなく庭に二人を呼んだのには意味がある。



 ――食事の前に、少し身体も動かせるしね。



 その言葉の意味だ。


「支度してきます。30分くらいでできますから」


 神名が家の中に引っ込むのは、夕食の支度があるからという理由だけではない。察しての事だ。


「お願い」


 弓削の言葉は軽く、短い。


 それは孝介と陽大に向き合う時間を優先したいからだ。


「少し分かってきた?」


 もう一度、弓削が訊ねた。


「……」


 陽大は黙って孝介の方へ視線だけを向ける。自分の事ではないと思っていた。今、弓削が教えているのは孝介であって、孝介の進捗を訊いている、と。


「痛みを取る方法は分かりましたけど、五感をハッキリと残しながら、呪詛じゅそだけを取り除くのは、まだまだ上手く行きません」


 ――だろうな。


 孝介の返事に、陽大は小さく頷いた。


弦葉つるばくんは?」


 そこへ予期していなかった弓削の問い。


「はい?」


 反射的に返事をしたが、反射的であるから素っ頓狂な高さだった。


「俺は、いつも通りですよ。《方》の障壁を使って、身体をコントロールする練習を続けてます」


「弦葉くん」


 何も特別な事はないという陽大へ、弓削は繭をハの字にして苦笑いして見せた。


「実は、俺も君も、同じような使い方ができるんだ。できれば、気付いて加えて欲しかった」


「……それは、すみません……」


 鼻白まされた陽大だったが、弓削はパンッと一度、手を叩き、「まぁ、いい」と気を取り直す。


「一手、見せよう」


 それは実戦形式で行うという事だ。


「説明はしない。感じた事を、加えていってほしい」


 陽大へは拳を、孝介には矢矯との修練でも使っている竹刀を構えるように促す。


「一手、いこう。いや、本当に一手だけな。二人がかりで全力だと、流石に怖い」


 冗談めかす弓削であるが、めかしているだけだというのは明白だった。


 その一手で伝える事があるというのならば。二人とも望むところと切り替えられる。ここで「どうしたものかな……」と考えているようでは、あの嘘のような舞台には適応できない。


 孝介は上段に、陽大は踏み込むと同時に肘を叩き込む態勢に入る。


「……」


 合図は特にないのだが、弓削が視線を動かした事が合図となった。


 孝介は直線で踏み込む。矢矯から習った事は、踏み込みと打ち下ろし――その二つだ。二人がかりになっている時に、Myマイ Braveブレイブ Silverシルバー Monnムーンは不要。ソニックブレイブだ。


 陽大は好対照に、踏み込みも曲線を取った。対数螺旋の中心に弓削を置き、踏み込みすらも対数螺旋を使ったのだ。


 結果は――、


「ッ!」


 息を詰まらせた孝介の身体が陽大に衝突させられる事で終わった。弓削は孝介の踏み込みをかわし、螺旋と直線の差によって遅れた陽大へと突き飛ばしたのだ。


 もんどり打って倒れるような事がなかったのは、二人とも身体操作に関しては身についているからだ。


 だが弓削がその気であったならば、二人纏めて貫く事も可能だった。


 だから終わりだ。


「感覚を確実にフィードバックする。矢矯さんの教え方は、確かだ」


 二人に向かって、弓削はいう。


「でも、その確実にフィードバックさせるという点に、落とし穴があってね……。感覚を閉じられないと的場くんは思ってる。でも、ゼロとれいは違う意味の言葉だと思うといい」


 弓削はフッと笑いながら、「お終い」と告げた。


 ――座学はしないと宣言していたのに、ヒントを出し過ぎだ。


 自分でもそう思った。


「考えて、付け加えていって」


 弓削が踵を返す。


「さぁ、ご飯ご飯。腹減った」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る