第4話「幼なじみのお兄ちゃん」

 思いの外、あっさりと事は進んだ。


 ――ああ、義姉ねえさん。久しぶり。


 安土あづちたかしと連絡を取ったのは何年ぶりかというくらいであったが、孝は一週間ぶりくらいの調子でいったのだから。


 ――恋愛と同じ?


 ふと安土は損なことを思った。


 ――男性にとって恋愛は直線的で、いつ振り向いても姿が見えるから忘れられないっていうけれど、恋愛に限らず思い出全てがそうなのかも知れないですね。


 だから何年もあっていない義姉の事を、少しばかり会わなかった相手と思えるのかも知れない、とは安土の判断だ。


 ――実は最近、人工島へ引っ越しきたっていう高校生と知り合いました。


 だから単刀直入に言葉を出せた。


 ――つきさんっていって珍しい名字だから、ひょっとしてたかしさんとあきらさんの親戚かと思ったんです。


 ――確かに、月って一文字の名字は珍しい。そうかも知れない。


 孝が笑ったハハハという声は、安土からしてもわざとらしく聞こえた。


 ――でも名字だけでなく、名前もいってくれないと。


 話が進んでいるようで進んでいないからだともとれたため、安土も見逃してしまったが。


 ――つき かいさん。会うって字の会で、会さんです。


 ――あぁ、多分、親戚だ。


 孝の返事は簡単だった。


 ――会ちゃんが子供の頃、時々、遊んでた。でも、ちゃん付けで呼ぶと怒るも知れない。


この時の笑いは、それ程、態とらしくはなかった。



 こういう遣り取りがあった結果、会は今、孝と再開していた。



「いつぶりか分からないけれど、こんにちは」


 キャスケット帽を目深に被ったまま、会は孝に一礼した。優に十年は会っていない相手であるし、最後に出会った時は孝も青年だったのだから、印象は当然、変わっている。


「こんにちは」


 会から見て、孝も同様に戸惑いは強いように見えた。孝の風貌は「老けたな」で済むのだが、会の方は児童から高校生へと変わっているのだから、面影が残る程度に変わってしまっている。


「とりあえず、どこか座れるところがいいね」


 戸惑いを隠して、孝は提案した。


「アイス、好き?」





 まだ遊び方も遊ぶ場所も知らない会なのだから、孝が案内するのは当然だろう。


 とはいっても孝が案内した店は、女子高校生には縁が遠い店だった。


「本職は、アメリカンハンバーグやステーキの店なんだけどね」


 無垢材に似せた新建材のドアを開けながら、孝が会を手招きする。


「ただ、アメリカをイメージしてるからか、アイスを手作りしてるんだ。アイスは出来立てが一番、うまい」


 11時開店であるから、まだ店内に客の姿は疎らだった。遅い朝食か、早い昼食に来る客が顔を見せる程度の時間帯であるから、落ち着いて話をするには丁度いいかも知れにない。


 ランチタイムの忙しい時間帯になる事が、タイムアップの合図にもなる。


「僕は、サーロインステーキのセットを。クーポンがあるから。彼女には、本日のアイスクリーム」


 会の返事を聞かず、それでいて慣れた感じで店員に注文する孝の横顔を見ながら、会は少しずつ思い出してきていた。六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきにとって男は、それくらい眼中にない存在である。


こだわり?」


 そんな言葉を向けた会は、このズレているように感じる孝の行動故に憶えていたのかも知れない、と自己分析していた。


「アイスは作りたてが一番、うまい。冷蔵庫で保管すると凍るから、口当たりが悪くなるし、味も変わる。多分、店員さんの拘り」


 会へ顔を戻した孝は、「多分ね」と何度か繰り返した。


「俺の拘りは、ステーキの方。クーポンを使えば999円。木曜日はサービスデーで、もっと安いけど。外国産の牛肉に、国産牛の脂肪を駐中してる肉で、歯ごたえがある。味もまずまず。こういう安いステーキは、柔らかいのは好きじゃないんだ」


 おしぼりで手を拭きながら、孝は愛想笑いのような笑みを見せていた。


「柔らかくするのにラードを使ったり、蜂蜜に漬け込んだりとか、色々と手があるけれど、そういうのをされるより、赤身肉を焼いて歯ごたえのあるステーキが好みで、拘り」


「あぁ」


 そんな孝を見て、会は頷いた。


「そういうところに拘っていたって思い出してきた」


「よくいえば理派。悪くいえば理屈屋。どうでもいい事ばかりベラベラと話すから、まず間違いなく女性にモテない。そして、一番、よくいわれるのは……わかる?」


「……」


 会は黙って首を左右に振った。



 スラングに疎い会でも、その意味は分かる。


「美徳でもあるかも知れないけど」


 会は苦笑いして見せた。



 舞台に上がる百識にとって、他者とコミュニケーションが取れないのは美徳といえる。



 舞台で語り合う必要はなく、相手を口で言い負かす暇があるのならば、《導》を振るう事の方が現実的な選択肢だ。


 まくし立てるように話す事で、相手と対話しない態度を取るのは美徳だろう。


 ――安土さんとの関係とか、聞きたい事はいっぱいあるけど……。


 それは会の選択肢には存在させなかった。孝との関係は安土が知られたくない事だと知っている訳ではない。重要度が皆無だからだ。


「……」


 そうしていると、会は孝が向けてくる視線が変わった気がした。


「話がしたいのは、百識の事?」


 話を向ける孝。


「そう。舞台の事」


 会の答えに、孝は「あぁ」と鷹揚に頷いた。


「舞台ね。舞台」


 頷いて笑う。


「知ってる? 誰か新家月派でも上がってる人がいるの?」


 会は身を乗り出したが、孝は「いやいや……」と片手をプラプラと振った。


「少なくとも、俺は知らないよ。上がってる人がいるかどうかなんて。新家月派といっても、ただ単に離脱しただけなんだ。俺も、《導》だの《方》だの関係ない仕事をしているよ」


 孝は名字こそ月であるが、自分は既に百識ではないと思っている。


 しかし口調こそ自嘲であるが、顔には何もなく、


「ただ――」


 勿体もったいるかのように一呼吸、置いた。


 そして自分の胸をトントンと親指で叩きつつ、


「舞台を側さ」

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