第5話「囁き」
「見る側?」
「うん」
孝が頷いたところで、注文したステーキとアイスが運ばれてきた。
「ありがとう」
孝は店員に礼をいった後、紙エプロンを身に着け、カットされているステーキをフォークで突き刺す。心持ち強く、「ドン」と低い音を立てたのではないかと思わされる動作の後、視線を上げる。
「人工島の住人は、8割の低収益層と2割の高収益層に分かれてる」
「俺は、その2割にいるんだ」
舞台に上る
「上る必要のない俺スゴイって聞こえる」
会も口調が呆れた風になっていた。本家からの支援に頼っているのだから、会と梓は2割の高収益層ではない。また道徳を場代に命を賭けるという舞台を経験してきているだけに、舞台を見る側の人間だといわれて反発を覚えてしまう。
「……」
孝が肩を竦めたのに、如何なる感情があるのかは会には窺い知れない。
孝自身も、そこにある意味などではなく次の言葉を口にする。
「会ちゃんが聞きたいのは、他の百識がどう闘っているのか、そういう事でしょ?」
自分の経歴や生活、パーソナルがどうなっているのかを知りたい訳ではないはずだとは、少々、会の反感を買ってしまう言葉になるが。
「
「……
会の反感が、どこか中途半端な言葉になってしまう。
「新家月派で舞台に上がっている人は知らないけれど、舞台を見てきた側としてなら、色々といえるよ。あぁ、会ちゃんのも見たよ」
孝は会の反感を堂々と無視した。ナイフを入れ終えられたステーキを口に運ぶ様は、酷い話題を選んだ男のモノではなく、文字通り少し早い昼食に選んだ談笑という風だった。
「……」
会の沈黙は反感。
だが孝は無視する。
「人が落命するダメージを仮に10としたら、この10をどう積み上げるかが問題でね」
ステーキにフォークを突き刺す。
「急所にナイフを突き立てれば、それだけで10を満たす。そうでなくても、斬られても出血するんだから何度も斬れば積み重なって10になる。」
その言葉は、ステーキにフォークを突き刺すという動作と一緒であったからだろうか、酷く不気味に映った。
「けど、そうしない百識が殆どで、10で落命するにしても、一発で100にも1000にも届くだろっていう《導》ばかり出す。そうそう、見たよ。会ちゃんが
明るい店内であるのに、どこか孝は不気味な雰囲気を
「リメンバランスって攻撃、まさにそうだよね。どれもこれも、クリーンヒットしなくても10なんと簡単に超えそうな感じのばっかり。でも肝腎の命中がないんだから、あんまり意味がない」
大きな窓から入ってくる陽光も、孝の顔に差しても影が濃くなるばかり。
「それに対し、会ちゃんはいい。鬼神招来を代理戦闘じゃなく、自分の身体に纏って、身体強化と防御に使う。攻撃は飽くまでも自分の手で行い、それも派手に炎や氷を乱舞させるんじゃなく槍を使う。多分、感知も併用かな?」
――
会が疑問を抱くほどに、孝の言葉は判断しにくい。
会の戦い方は、どちらかといえば舞台でのウケが悪いはずだ。見た目の派手さはなく、刃物を振り回しているが、それが繰り広げる光景は惨劇というには――無論、この舞台ではと前置きは必要であるが――弱い。
「いい人に習ってるみたいだね。感知を上手く使ってる」
その一言に、孝は弓削を知っている事が込められていた。
「派手な《導》に頼る百識ほど見落とすけれど、攻撃力なんてものは、あの舞台では不要」
その言葉は
「現実でも、例えば日本刀とナイフ。ゲームだとナイフは最弱の武器で、日本刀はそこそこ強い、
孝は素敵な笑顔とは無縁の笑いを見せていた。
「今まで舞台で見てきた中で、抜群にベクターが上手かった。接近戦しかしないし、四肢切断で戦闘不能にするだけだから客ウケは良くなかったけど、一対一でベクターにクリーンヒットさせられる百識はいなかったし、確実に直撃させる術を知っている人だった」
会もベクター――矢矯の技は知っていた。
「……まぁ、もういないんだけど」
その戦死も同様だ。
「いや、まぁ、いいや」
最後に残していたステーキを口に放り込んだ孝は、肉を飲み込む代わりに言葉を出す。舞台から去ってしまった百識の話は、自分にも会にも無益な事だ。
「会ちゃんはかなり強いよ。一対一で防御手段も持ってるし、攻撃を命中させる術も知ってる。特に
孝の言葉には、これが聞きたかったんだろうという意志が見え隠れしていた。
ただし、この言葉は会は兎も角、
「勝てるよ」
主語は後についていた。
「鬼家月派の屋敷に残ってる百識にもね」
ドクン――。
会は自分の心臓が跳ねたかのような鼓動を聞いた気がした。
――勝てる……。
屋敷を去る日、
自分が鬼神を纏うという《導》を身に着けている、もっというならば、そういうアプローチを試みた姉妹を会は知らない。
「勝てる……」
口にしたのは独り言だが、孝はニッと白い歯を見せた。
「勝てるね。大抵の百識に」
本来、無責任な言葉というべきなのだろうが、孝の声にお世辞や初稿事例の響きはない。
「間違いなく、一勝負できる。保証するよ」
何の意味も持たない孝の保証であるが、会にとっては心のどこかに火を点ける言葉だった。
「じゃあ、出しておくよ。ここは」
ステーキを食べ終えた孝は、伝票を片手にスッと席を立った。会の返事は待たない。孝としては、会が聞きたかった事の内、自分に伝えられる事は全て伝え終えた。
会の前にあるアイスクリームは、手付かずのまま溶けていた。
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