第6話「縋る言葉」
孝の言葉は、誰かが保証してくれるようなものではない。確かに
何よりも、
発言した孝に自覚があったかどうかは不明であるが、勘違いさせる言葉でもあった。
――勝てるね。大抵の
全員といっていない。
――間違いなく、一勝負できる。保証するよ。
必勝ともいっていない。
だが会は
――勝てる。
何の保障もない言葉であるが、会にとっては望みに繋がるものである。
心中で繰り返していると、自然と存在しない左目に手を伸ばしていた。身体的な欠損はハンデを負うと共に、競走馬
「目、どうかしました?」
会の横から声を掛けてきたのは、イラスト教室に通っている
「え?」
会は眼帯から手を離しながら陽大の方を向いた。眼帯を気にしているようにも見えるから、陽大は眼病を気にしているのかとでも思ったのかも知れない。
「どうもしません。元々、こっちはない方の目なので」
「あ、ごめん」
慌てて謝る陽大に、会は「構いませんよ」とはにかんだ、
「子供の頃、病気で。熱が高くなりすぎると、眼球って溶けるんですよ」
会としては右目があるから大丈夫だといいたかったのだが、陽大は地雷を踏んでしまったかのように思ってしまう。
「ホント、ごめん」
こういう空気や雰囲気を察する事は、感知の《方》も役に立たない。
「いや、だから――」
会がはにかみを苦笑いにしてしまうと、会の斜向かいで弓削が顔を上げた。
「
「えェ、本当に気にしてません」
助け船だと会はホッとした顔を見せた。
「不自由してないですし、今は特に」
言葉のアクセントを「今」に置いたのは、片目がなくとも弓削との修練で得た感知の《方》が役立っていると言外に告げるためだった。
会も身体操作と感知を基本に持っているからこそ、人鬼合一という《導》が使えるのだから。
「だから、全然、問題ないですよ」
先程まで眼帯を弄っていた左手を、会はプラプラと振ってみせる。
「今、丁度、楽しくなってきた所だったんで、癖が出ただけですから」
会の手元にあるスケッチブックには、もう模写ではないキャラクターが存在していた。全てオリジナルという訳ではないのだが、好きなアニメキャラを自分の考えたポーズにしようと書いている。
「このキャラ、武器は槍だったっけ?」
会の手元を覗き込む陽大も見覚えのあるキャラクターだったが、その手にしている武器は記憶と食い違っていた。
「持たせました。槍が好きなんですよ」
舞台でも会が得物としているのは槍だ。百識の戦いでは刃物に意味がない事が多く、それ故に見栄えのいい日本刀やサーベルが選ばれる事が多い。《導》を操るタクトの役目をしてくれればいいのだから。
槍は、少数派というよりも、絶滅しているに等しい。
「槍?」
舞台の事は脇に置き、陽大は目を瞬かせて絵と会とへ視線を往復させた。
「アウトローって感じがして」
会自身の境遇と重ね合わせている所がある。
「アウトローなんです?」
そこは陽大には分からないが、やはり助け船を出すのは弓削だ。
「中国の武侠小説なんかには、槍を武器にしている登場人物はアウトローっぽい雰囲気を纏ってる事があるよ」
「そうそう、そうです」
会はパッと顔を明るくさせた。
「武器にも陰陽があって、剣や槍は陽、刀は陰、というのも見ました」
「へェ……」
陽大は感嘆の吐息を漏らすのだが、それには弓削が苦笑いして見せた。
「本は商品だから中身まで見る必要はないけど、知識として本の内容を把握する事は大事だよ」
「頑張ります」
陽大しては、そうとしかいえなかった。
「意外と読書家なんですよ」
会の言葉は、追撃とでもいうべきものか。
しかし会も気付いていない、多弁になる理由というものがある。
会が多弁になる時は、やましいことがある時だ。
孝の言葉に縋り、梓や弓削にも黙って月家の屋敷へ戻ろうとしている事――それをやましく思っている。
――絵は身体操作を鍛えてくれる。
弓削と孝介が選んだ修練方法だ。
それよりも強いのは……、
――私の左目がない事は、感知を鍛えてくれる。
劣っている、欠けていると思われていた自分の目を、特長としたい事。
――勝てる。私は、
会の顔に浮かんでいた笑みは、美しかっただろうか? 醜悪だっただろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます