第6話「縋る言葉」

 孝の言葉は、誰かが保証してくれるようなものではない。確かにかいの扱う人鬼じんき合一ごういつは、会の姉妹で使える者のいない《導》ではある。だが絶対的な強さがあるかといわれれば、断言できる者は皆無。


 何よりも、衛藤えとう歌織かおりに勝利したのは、あずさが最後の最後、歌織が切り札として放った《導》を消滅させたからこそ転がり込んできたものである事を、会は自覚すらしていない。


 発言した孝に自覚があったかどうかは不明であるが、勘違いさせる言葉でもあった。


 ――勝てるね。大抵の百識ひゃくしきに。


 全員といっていない。


 ――間違いなく、一勝負できる。保証するよ。


 必勝ともいっていない。


 だが会はすがる。


 ――勝てる。


 何の保障もない言葉であるが、会にとっては望みに繋がるものである。


 心中で繰り返していると、自然と存在しない左目に手を伸ばしていた。身体的な欠損はハンデを負うと共に、競走馬さながらに血統を重視している百識では軽く見られる原因にもなる。


 つき家の屋敷を出て行く日に向けられていたクスクス笑いには、そんな嘲笑も含まれていたはずだ。


「目、どうかしました?」


 会の横から声を掛けてきたのは、イラスト教室に通っている弓削ゆげを迎えに来た陽大あきひろだった。


「え?」


 会は眼帯から手を離しながら陽大の方を向いた。眼帯を気にしているようにも見えるから、陽大は眼病を気にしているのかとでも思ったのかも知れない。


「どうもしません。元々、こっちはない方の目なので」


「あ、ごめん」


 慌てて謝る陽大に、会は「構いませんよ」とはにかんだ、


「子供の頃、病気で。熱が高くなりすぎると、眼球って溶けるんですよ」


 会としては右目があるから大丈夫だといいたかったのだが、陽大は地雷を踏んでしまったかのように思ってしまう。


「ホント、ごめん」


 こういう空気や雰囲気を察する事は、感知の《方》も役に立たない。


「いや、だから――」


 会がはにかみを苦笑いにしてしまうと、会の斜向かいで弓削が顔を上げた。


弦葉つるばくん。月さんは、本当に気にしてない。そうやって謝り続けると、月さんの方が困る」


「えェ、本当に気にしてません」


 助け船だと会はホッとした顔を見せた。


「不自由してないですし、は特に」


 言葉のアクセントを「今」に置いたのは、片目がなくとも弓削との修練で得た感知の《方》が役立っていると言外に告げるためだった。


 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱでは特に軽んじられる《方》であるが、感知、念動、障壁といった基礎的な《方》を使い熟す事が、どれ程の強さに繋がるかは、弓削ゆげ矢矯やはぎを見ていれば分かる。


 会も身体操作と感知を基本に持っているからこそ、人鬼合一という《導》が使えるのだから。


「だから、全然、問題ないですよ」


 先程まで眼帯を弄っていた左手を、会はプラプラと振ってみせる。


「今、丁度、楽しくなってきた所だったんで、癖が出ただけですから」


 会の手元にあるスケッチブックには、もう模写ではないキャラクターが存在していた。全てオリジナルという訳ではないのだが、好きなアニメキャラを自分の考えたポーズにしようと書いている。


「このキャラ、武器は槍だったっけ?」


 会の手元を覗き込む陽大も見覚えのあるキャラクターだったが、その手にしている武器は記憶と食い違っていた。


「持たせました。槍が好きなんですよ」


 舞台でも会が得物としているのは槍だ。百識の戦いでは刃物に意味がない事が多く、それ故に見栄えのいい日本刀やサーベルが選ばれる事が多い。《導》を操るタクトの役目をしてくれればいいのだから。


 槍は、少数派というよりも、絶滅しているに等しい。


「槍?」


 舞台の事は脇に置き、陽大は目を瞬かせて絵と会とへ視線を往復させた。


「アウトローって感じがして」


 会自身の境遇と重ね合わせている所がある。


「アウトローなんです?」


 そこは陽大には分からないが、やはり助け船を出すのは弓削だ。


「中国の武侠小説なんかには、槍を武器にしている登場人物はアウトローっぽい雰囲気を纏ってる事があるよ」


「そうそう、そうです」


 会はパッと顔を明るくさせた。


「武器にも陰陽があって、剣や槍は陽、刀は陰、というのも見ました」


「へェ……」


 陽大は感嘆の吐息を漏らすのだが、それには弓削が苦笑いして見せた。


「本は商品だから中身まで見る必要はないけど、知識として本の内容を把握する事は大事だよ」


「頑張ります」


 陽大しては、そうとしかいえなかった。


「意外と読書家なんですよ」


 会の言葉は、追撃とでもいうべきものか。


 しかし会も気付いていない、多弁になる理由というものがある。



 会が多弁になる時は、やましいことがある時だ。



 孝の言葉に縋り、梓や弓削にも黙って月家の屋敷へ戻ろうとしている事――それをやましく思っている。


 ――絵は身体操作を鍛えてくれる。


 弓削と孝介が選んだ修練方法だ。


 それよりも強いのは……、


 ――私の左目がない事は、感知を鍛えてくれる。


 劣っている、欠けていると思われていた自分の目を、特長としたい事。


 ――勝てる。私は、鬼家きけ月派つきはの誰にでも。


 会の顔に浮かんでいた笑みは、美しかっただろうか? 醜悪だっただろうか?

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