第12話「シンフォニックメタルとユーロビート」

 そんな時間ばかりであっても、孝介に日程を告げる時だけは和やかであるはずもない。


 しかも急な話なら、孝介の荒れようも増すというものだ。


「今日? これから!?」


 待ち構えていたかのように正門前に横付けされた乗用車に乗り込んだ――乗らされた所で、孝介は初めて制裁マッチが今日であると知らされたのだった。


「そうですよ」


 事もなげに言う安土は、少々、狭いが、二人と並んで後部座席に乗っていた。


「ドアを開けて逃げようとしても、そちらは車道側です。ひかれますよ」


 最初に孝介、続いて仁和を乗せてた理由だ。そうする事で、運営側の人間である運転手の信用を得ている。


「もっと早く言ってくれても――」


「寸前まで知らなかったからこそ、余裕を持って練習できたのではないですか?」


 安土は常に孝介の言葉を遮断する。前もって教えていたら、焦りばかりが生まれ、ろくに練習できなかったのではないか、というのは正鵠せいこくを射ている。


「……」


 孝介も反論はできないが、それと納得できるかどうかは別だ。


 ――勝てるのか?


 口数が少なくなる裏で、今、自分が身につけている技術を思い出す。


 結論は、すぐに出てしまう程、簡単だ。



 ――どれも身についてねェ!



 身体操作に慣れ、感知もできるようになったが、それを組み合わせて使う事は「約束事」の中だけだい。


 つまり練習でしか使えない。


 ――信じて。負けないから。


 矢矯の言葉を思い出すが、それでも足りない。


 ――負けないと勝てるは別じゃねェか。


 背筋が寒くなる。


 ――どう当てる? どう避ける?


 実戦で練習と同じ力が出せる訳がない。


「算段はちゃんと立てていますよ」


 安土は冷ややかな目をしていたが、算段は立てていると告げた。


 無論、矢矯の事だが、ただし断言できない。



 矢矯から確約をもらっていないからだ。



 ――当日ギリギリまで分からないとは……。目が曇ってましたか?


 思っても、安土は顔にも態度にも出さない。今、不安を感じ取られれば、二人からの信頼を失ってしまう。


「ギリギリまで分かりませんが、助っ人が来ます」


 しかし安土がどう言おうと、孝介は懐疑的な顔を解せない。


 停車した場所はボールパーク。野球場とサッカースタジアムを中心とした100ヘクタール超の面積を持つ施設は、当然、二人を圧倒する。


「ここで? こんなところで?」


 孝介が唖然とした顔でスタジアムを見上げていた。自分たちがやらされる事を考えれば、3万人が収容できる公立スタジアムなど考えられない。


「それだけ、今回の敵チームが人気なんですよ」


 安土が歩こうとしない孝介の背を押し、控え室へ行くようと促した。前回のような地下でやらされるのは、ルーキーやロートルが中心だ。本来、2戦目の孝介や仁和が立つ場所ではないが、ルゥウシェのチームが行う制裁マッチだからこそ選ばれた会場と言える。


 控え室に用意されている着替えも、ルゥウシェのチームと戦うために用意されたのだと分かる物だった。


「これは……衣装?」


 仁和は衣装としか言いようのない着替えに顔を顰めた。


「衣装ですね」


 安土の口調が平坦である通り、ここが「舞台」と揶揄されるのは、こう言う衣装が普通だからだ。前回、二人が着回したような鉄板入りのコートなど、まだ平服だ。


「ベスト、パンツ、ブーツ……。ファンタジーの町の人?」


 臙脂を基調とした古めかしいデザインに顔を顰めさせられ仁和だが、それでも孝介に比べればマシだと感じさせられた。


「うわ……」


 孝介の方は、黒いアンダーウェアに、藍色の籠手、ボディアーマー、脚甲という、ファンタジーの世界ならば悪役にしか見えない格好だった。


「誰が用意した?」


 孝介に問われても、安土は「さぁ?」としか言えない。衣装はルゥウシェ側に合わせたとわかるが、衣装自体は矢矯も同じだ。誰がどのような意図で用意したのかは判断が付かない。


 しかし客受けを考えたものであると同時に、別の意味もある。


「気休めかも知れませんが――」


 安土が前置きしたのだから、確証のある話ではない。


「特別な製法があるらしく、《方》に対して、防御力を有しているとか」


「本当?」


 仁和が驚いた顔をするが、また安土は「さぁ?」だ。そう言う製法があるとしても確かめようがない。実際の効果も、ルゥウシェやバッシュの使う《導》の前では十分な防御力があるとは言い難い。


「まぁ、いい」


 身につけた孝介は、これがコスプレ衣装ではない事だけは分かった。


「動きの邪魔にならない。寧ろ、動きやすいかも」


 そう作られていると感じられるのは、身体操作と感知ができるようになったからだ。


 ――この辺は、矢矯さんのお陰なのか。


 確かな変化、成長だが、今の孝介に、それを凄いと感じる余裕はない。


 着替えが終われば武器を持たされ、今夜の舞台へ移動させられるのだから。しかも前回とは全く違う大舞台となれば、もたらされる緊張は桁違いだ。


 ――スタジアムでやらされるって、一体、どんな相手だ?


 孝介は不安と共に廊下を歩き、門を潜る。


「!」


 グラウンドに出ると、息を呑まされた。スタンドから見下ろした時は、高々、両翼100メートル弱、中堅120メートルのグラウンドなど体育館と大差がないようにしか見えなかったのだが、それは視点が高いと狭く錯覚してしまうからだ。実際にグラウンドに立つと、テレビの野球中継で見た広さが本当であると実感させられた。


 観客の数も、前回とは違う。それだけルゥウシェのチームが人気だと言う事でもあるが、ほぼ確実な最後が確定しているというのも大きい。



 制裁なのだから、制裁される側に確実な罰が与えられないのでは成立しない。



 ――死ぬ、か?


 孝介が躊躇ちゅうちょした。


「さァ」


 しかし安土は花道を行けと背を押した。


「それと、これを。パケットインターカムシステムのヘッドセット……無線です。チーム戦ですからね」


 安土の声も、そのヘッドセットから聞こえてきた。しかし耳元へ聞こえてくる声よりも、周囲から飛んでくる罵声の方がずっと大きく聞こえるが。


「ヤジは耳に入れないで下さい。意味なんかないです」


 安土によって、孝介も仁和も塞げない耳だが、ヤジの胴間声どうまごえはシャットアウトさせた。もし耳に入れてしまえば、心を平静に保つ事ができなくなっていただろう。


「それよりも、3対3のチーム戦なのに、助っ人が来なかったら不戦敗で一敗が確定するの?」


「はい」


 いるのに出ないのは許されないが、いないのならば不戦敗だ。観客も仁和と孝介が不利になる事は認める。


「相手は三人で、星取り戦です。不戦敗で一敗。そして二人の内、どちらかが一人が負けた時点で決着です」


 仁和の不安を感じつつも、しかし安土は不利だとは言わなかった。


「一人は生き残れます」


 わざと負ければ――敗北は死を意味するとしても――不戦敗と併せて2敗すれば、3戦目はなしになるのだから、そういう生き残り方もある。


 しかし――、


「冗談じゃねェぞ! どっちかだけじゃ意味ねェ! 俺と姉さんと、無事に帰らねェと!」


 孝介が声を荒らげた。一人が犠牲になって一人が生き残るなど、できない選択だ。


「……」


 仁和は苦い顔のまま足を止めた。


 ステージに辿り着いたからだ。


 その広さも前回よりもずっと広く、20メートル四方はある。それだけ派手な《導》を期待できるからだろうか。


「相手は?」


 周囲を見回しながら、仁和は目を瞬かせていた。格上が格下を待ち構えるものだと思っていたが、相手の姿がない。


「後から入ってきますよ。ブルーコーナーを選ぶチームですから」


 不思議ではなく、問題もない、と安土は言った。美星の好きな色が青であるから、先に入場するレッドコーナーではなく、後から入場してくるブルーコーナーを取るのだ。


「赤が嫌いなんですよ」


 安土の言葉と前後して、シンフォニックメタルが流れ始める。照明が落とされ、花道に青と、それを引き立てる白のカクテルライトが激しく明滅し――、


「人気チームだからか?」


 馬鹿にしたような口調で言ったつもりだった孝介であったが、馬鹿にしたいと言う欲求が現れた強がりにしか聞こえなかった。


 花道を三人が歩いてくる。何かを話しているが、その内容は孝介にも仁和にも、安土にも聞こえない。


「やっぱり、ベクターはサボりか?」


 既に離脱したメンバーであるから来るはずがないのに、バッシュが気にした様子で言及した。


「永遠にサボりよ」


 気分が悪いと吐き捨てるルウウシェは、言ったのがバッシュでなければ怒鳴り散らしていたところだ。


 ――最後の最後まで、メイの気持ちも考えられないような奴なんて。


 舌打ちを付け加える。


 美星が少し震えて見えたからだ。その震えに含まれているのは、怒りと苛立ち。ルゥウシェの劇団へ入るはずだった金を、全て持ち逃げした事――本来、矢矯の金なのだから持ち逃げという表現は適当ではないが――を思い出すと、屈辱と怒りしか感じない。


「心配しないで。来たら、何しに来たって怒鳴りつけてやるから」


 ルゥウシェが手を伸ばし、軽く美星の肩を抱いた。


「俺が先発する。さっさと終わらせて取り返しに行こう。10分で終わらせれば、間に合うだろ」


 矢矯相手なら少しくらい遅刻しても構わない、とバッシュは一歩、二人よりも前へ出た。こんな話をしているのだから、矢矯へ頭を下げるつもりなど更々ない。当然、徹底的にやり込め、取り戻すべきものとして金を取り戻す気でいる。


 兎に角、早く終わらせる、と言う考えと共にステージへ身を舞わせば、一段と歓声が大きくなる。


「……」


 無言のまま、バッシュは孝介と仁和へ向かって手招きする。


 ――さっさと上がってこい。


 そんな言葉を込めたジェスチャーだ。


「どうするの?」


 もう安土の言った「ギリギリ」は過ぎてしまったんだろう、と仁和は孝介の方を見た。


 孝介は――、


「……俺が先に行く」


 刀の柄を握る手に力を入れ、震える声で言った。


「必死で抵抗する。それでもダメだったら、不戦敗と併せて2敗。姉さんは無傷――」


「ダメです。先発はお姉さんを。前回、弟さんは乱入で勝っていますから、また乱入するんだろう、と観客が感じています。それが無駄な相手を選んでいるけれど、どうしても疑義は生じます」


 また安土が遮り、孝介は歯軋りだ。


 こればかりは仕方がない。


「分かった。分かりました」


 仁和は、口調こそ投げ遣りであったが、最初から先発のつもりだった。手にしている刀の感触を確かめるように握り直し、ステージへ上がろうと足を一歩、前へ出した。


 だが、その時だ。


 唐突に響き始める音楽。


 最早、懐メロと言ってもいいようなユーロビートだ。

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