第3話「基の帰宅」

 生け贄役に選ばれる基準は単純だ。



 である事。



 しかし簡単な話ではない。


 弱者の定義とは不確かで、運動や勉強ができない、家が貧乏など、ネガティブな要素だけが理由にならない。


 勉強ができる、家が金持ちであっても、またどれにも該当しなくとも選ばれる。


 聡子さとこはじめも、どの基準を満たしたから選ばれたという訳ではなかった。



 だが「弱者」というならば、その通りだった。



 強いとはお世辞にも言えない。


 何か特別な才能を持っているとも言えない。


 力は――あったならば、抗った基が、こんな目に遭っているはずがない。


「……」


 膝を着く聡子の耳に蘇るのは、ペテルが口にした言葉。



 ――団結すべきでした。



 ペテルとカミーラの正体は、聡子の《導》によって命を与えられたぬいぐるみだ。二人が聡子の意に反する言葉を口にするはずがない。


 ペテルが口にしたならば、それは聡子が望む事なのだ。


 団結とは――、



鳥打とりうちくんが生きていたら、手を貸してくれる……」



 その想いがあったからこそ、ペテルは口にした。


 基の事実を知った今ならば、聡子は基と手を組む事ができる。


 そうなれば孤立無援ではなくなる。



 耐えられる――。



 それは基もそのはずだ、と思った時、聡子は両手を見つめていた。


 そこに宿らせた光は、ペテルとカミーラに命を与えた力。



 無から有を作り出す《導》だ。



 この世から失われたはずの、治癒の――医療の《導》だ。


 聡子の両手に宿るのは紫の光。


 奇しくも百識にとって紫は、赤と同様に勇気、忠義、中正を表し、それに加え、温和を意味する色だ。


 その《導》が聡子の手から基へと渡る。


 基の身体を包み込む《導》の光は大きく膨れあがり、傷ついた基の身体をふわりと優しく持ち上げた。


 まるで繭でも作るかのように旋回し始める光が、その中で基の傷つけられた身体に《導》を満たしていく。


 治癒の《導》は、粉砕され、欠損していた基の身体を創造、再生し、それが終わった瞬間、一気に収束され、基の身体の中へと消える。


 圧がなくなった基の身体はベッドの上に落ちるのだが、その衝撃が基の顔を歪ませた。


「――」


 その時、基は確かに呟いたのだ。





 基は唐突に自分の感覚が復活したように思えた。


 夢を見ていたような気になっていたかも知れない。悪夢なのか、それともいい夢だったのかは忘れた。覚えられない。


 ――あ、ずっと前にやったゲーム?


 レトロゲームに分類される、父親が子供の頃にやっていたコンシューマゲームだ。それを父親とプレイした記憶はないが、キャラクターのパンチやキックで、敵が画面外へと吹き飛んでいくのが、どうしようもなく笑いを誘ったのは覚えている。


 その笑いを、誰かに向けた。


 誰か――?


 それは、何となく自覚があった。



 ――久保居くぼいさん……大好き……。



 伝えられなかった、悔いの残る言葉だ。


 その言葉を、基は隣に座ってゲームをしていた女の子へ言った。


 言ったところで、目が開き――、


「久保居さん……大好き……」


 口にした声で、基は自分がどこにいるのか自覚した。


「え!?」


 跳ね起きても、痛みも苦しみも感じないが、ただ違和感だけが強い場所。


 殺されたはずなのに、生き返ったと言う事だけは分かった。


 そして目をベッドサイドへ向けると、そこには基と同じ制服――ただし男女の違いはあるが――を着た女児。


 見覚えはない。クラスメートの名前も曖昧なのだから、別のクラスの生徒は全く知らない。


「よかった……」


 聡子は、泣き出しそうな表情をしていたが、そんな表情を必死に隠し、笑顔へ変えていく。


「私、本筈もとはず聡子さとこ


 名乗った。


 名乗れば、基も知っていた。



 同じ生け贄役だ。



 しかし次に出て来た言葉は――、


「私の……手下になって……」

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