第4話「治癒の《方》と医療の《導》」

 医務室は複数あり、当然、負傷したアヤと明津あくつは別室となる。双方ともに死人が出ていないと言うのは珍しい部類であるが、だからこそ別室にしなければ事件や事故が起きてしまう。観客が望んでいるのは、場外乱闘ではない。


 とは言え、今の状態であれば、同室であっても問題は少なかったかも知れない。


「痛ェ……痛ェ……」


 利き腕と両足を失った明津は、そればかりを繰り返していた。矢矯やはぎの常套手段であるが、今回はそれだけならば決着しなかったかも知れない。そう言う意味では明津は浅手だと言える。


「……」


 重傷なのは、呻き声すらあげられないアヤの方だ。



 矢矯の電装剣でんそうけんはアヤの腰骨から下を切り飛ばしていたのだ。



 当然、浅手とは言えない。腕や足ならば《方》で接合する事ができるが、内臓まで達した傷は一概に言えない。特に腰骨から下は腸がある。通常の医術であれば手遅れだ。


「ベクターか……」


 二人の搬入に付き合っていた小川は、苦々しい表情を隠そうともしなかった。結果だけを見れば、孝介こうすけ仁和にな矢矯やはぎに負わせた傷は、矢矯の胸に一筋、明津がつけたかすり傷だけ。それに対し、明津とアヤはこの様であるから、一方的にやられている。


 ――ルゥウシェやバッシュと同じだろうが!


 見方によれば、その時よりも悪い。ルゥウシェやバッシュは、それぞれ一対一だった。しかし明津とアヤは、2対3という自ら望んだハンディキャップマッチを逆転されての敗北だ。



 惨敗――。



 小川の頭にあるのは、その2文字のみ。


「当然でしょう」


 小川の後から入ってきたルゥウシェは、ふんと強く息を吐き出し、ベッド上の二人へと睨むように目を細めた。


「運だけはいいんだから」


 矢矯の幸運だとルゥウシェは言い切った。


「運……ですか?」


 小川に対し、ルゥウシェは大きく、ゆっくりと頷いた。


「だから、ここまで生き残ってるのよ」


 そうでなれば死んでいると言うのは、自分のチームにいた事が生き延びた理由だと断言したいからだ。


 事実、観客の評価は、ルゥウシェとバッシュの二枚看板に対し、矢矯は低かった。


 しかし今は、かなり変わってきている。


 ――ルゥウシェ、バッシュ、明津あく上野こうずけを無傷で平らげたとなれば、今やベクターは、あのチームのエースだ。


 小川としては忌々しい、口惜しい事であるが、今夜、歓声が完全に罵声よりも大きかった事が何よりの証拠だ。


「心配ないわよ」


 そんな空気を察してか、ルゥウシェが語気を強めた。


「斬れば済む」


 そのための手応えは得ている。ルゥウシェが握った拳には、その感触がまざまざと残っている。


 はじめに浴びせた《導》だ。


 複数の《導》を組み合わせ、斬撃と共に放つ事で劇的といっていい変化が起きる事は、既に実証された。石井が作る刀ならば《導》に耐えうる。ならば刃を届かせる事ができなくとも、効果範囲外へ逃げる矢矯に攻める足など残せない。


 勝てる――ルゥウシェは確信していた。


「頼もしい」


 小川は満幅まんぷくの信頼を置いた。少なくとも表面上は。


 そうなると、明津とアヤの事であるが――、


「心配ない」


 同じような言葉と共に医務室のドアが開かれた。


 入ってくるのは、明津、アヤと共にやって来たともだ。


「……」


 那は黙って室内へ入ると、ストレッチャーに置かれている明津とアヤの手足を手に取る。


 不愉快な感触が襲いかかってくるのだが、那はそんな感情は一顧だにせず、二人の身体をそれぞれ並べていった。


「何を?」


 ルゥウシェが首を傾げたが、那は答えず、パンッと音を鳴らして手を合わせた。


「!」


 ルゥウシェを黙らせたのは、那が放つ《方》だ。



 それは治癒。



海家かいけ涼月派すずきはは、本来、治癒の家」


 那の声には、ハッキリと自信と自慢があった。


 内臓が露出してしまっているアヤは、常識的に見て手遅れだ。ここに女医が来ていないのも、トリアージの結果と言える。女医の《方》では、アヤを助けられないと思ったからだ。


 しかし那は、女医が持っている程度の《方》だから癒やせないのだ、と思っていた。


 六家りっけ二十三派にじゅうさんばの中では唯一、《導》を持たない海家涼月派だが、その《方》は他家から見ても、十分に肩を並べる《方》だと認めたからこそ存在している。


「電装剣で受けた傷は、比較的、治癒させやすい」


 那は事もなげに言いながら、処置を進めていく。電装剣で受けた傷は独特だ。振るう方は溶断に近い感覚であるが、傷口に火傷はない。冷たいレーザーというようなものがあるとしたら、それで切断したような傷になる。


 有り得ない程、滑らかな傷であるから、接合する事は難しくはない。


 そして治癒を最も得意とするのが、海家涼月派だ。


 二人の身体を包み込む《方》は、有り得ないスピードで二人の身体をつなぎ合わせ、傷を癒やしていく。


 ――いや、違う!


 小川は知らず知らずのうちに目を見開かされていた。


 傷は回復しているのではなかった。



 傷を負う前の状態へ、戻っているのだ。



 それが治癒の《方》を究極まで高めた那の力だ。


 アヤと明津を覆っていた《方》が輝きを止める。


 それと共に那は振り返り、


「リハビリ代わりに、相手を用意して下さい。いきなり、あのベクターや、もう一つのチームのエース……弓削ゆげと言いましたか? こいつを寄越せとは言いませんから」


 小川に対する要求は、汚名をそそがせろという事だ。


「……」


 小川の逡巡は、一瞬だ。


 ――ベクターでも弓削でもないなら、いけるか。


 矢矯でないならば、ルゥウシェも文句もないはずだ。今も同席しているのに反対していないのだから。


「用意しましょう」


 小川は、気分だけは態と出しながら、確約した。



 聡子と那――医療の《方》と治癒の《導》を持つ二人は、ほんの数メートル隔てた場所で邂逅していた瞬間だった。

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