第14話「灼熱、或いは厳寒」
代理戦闘を行わせる鬼神は、触れただけでもダメージを受ける。物質として存在できる程の密度を持つ《導》であるし、存在そのものが武器なのだから。
それは内外で変わりがない。
寧ろ逃げ場のない内部の方が危険であり、外皮に触れれば切れるか吹き飛ばされるかで済むが、中で触れてしまった場合、しかも爆発などの衝撃を受けてしまった場合、内部で激突を繰り返す事になる。
それは即死にも繋がる危険を
鬼神を代理戦闘にしか使わない理由は、この危険を冒してまで使うものではないからだ。
――爆発……!
星を模した青い光が急速に輝きを増していくのを感じ取りながら、
「全方向に展開させる。殴る蹴るしか能のない相手は、取り囲んでしまえば何もできない」
完璧だという言葉は自画自賛ばかりではあるまい。
前門の虎、後門の狼の例え通りの光景だ。
ルゥウシェならば、どう
それとも無様に最後、秒殺だと
その時、歌織がどういう顔をしていたのかは、会には知るよしもなかった。
余裕がない。
だが、その余裕のなさは追い詰められたからではなく、光明を見出し、そこに全力投入するためだ。
――ミスった!
自らの不明を恥じるのは、この状況に追いやられた直接的な要因。
槍を突き入れる隙間がないと、後退した事だ。
ではインフェルノを自分を巻き込む事も厭わずに使った歌織に、槍を突き入れる事ができたのか?
――隙間なんて、そもそも必要ない!
特別な何かで作られた訳でもない槍であるから、インフェルノとエアリアルに阻まれては穂先を失うかも知れないが、会が持っている攻撃手段は槍が主ではない。
――鬼神は耐えられる!
衝撃を伴わない炎ならば、鬼神の外皮は極々短時間に限られるだろうが、防御力を持っている。
ギャラクシーの星が爆発に至る間を、会は全て前進に使った。
――回り込め!
直線で走れば最短距離だが、会は敢えて弧を描き、歌織の背後へ回り込む。
走り方は、弓削が提供してくれた図解と映像教材にあった。
理想的な動きを記憶し、その通りに障壁を変形させて身体を操る。
そして鬼神は身体強化を突き詰めた《導》でもあのだから、身体操作と合わさり、
「小癪な!」
振り向こうとする歌織は、自分でいった「前に行くより後ろに逃げる方が速いとでも?」という言葉を体現してしまう事になる。
――何秒かの差で、私の勝ち!
インフェルノを無視して飛び込むのは勇気が必要だったが、会は躊躇わずに飛び込んだ。この窮地はたった一度の躊躇いが原因だったのだから。
熱は感じた。
だが火傷するくらいの温度であり、溶解してしまう程ではない。会の鬼神は、予想したとおり、耐えられた。
インフェルノと歌織の身体の間には、空気の層を遮断するエアリアルが存在していおり、そこだけは吹き飛ばされるかも知れないという心配があったのだが、攻撃が主でない事が助けとなった。
手を伸ばし、歌織の身体を文字通り盾とする。
自分を吹き飛ばすはずだったエクスプロージョンは、歌織の身体越しに見る事になった。
衝撃は――歌織の身体を盾として防ぐ。
「姑息な真似を!」
果たして歌織が口にした呪いの言葉は、「その場凌ぎ」という本来の意味で使われたのだろうか? それとも卑怯をいい間違えたのか?
それは分からないが、肩を掴まれた歌織は次の《導》を発動させる。
「ラディアン――光の記憶!」
会の足下から立ち上る光の《導》は、炎ではないが熱を操る《導》だ。
――お前には一番、堪える《導》だろう?
会が当主争いで大きく後退させられた遠因にもなった左目の失明――それを引く起こしたのは、幼児期の発熱だった。
その《導》で決戦にならなかったとしても、会を苦しめる事が目的だ。
「存分に思い出せ!」
「!」
歌織の言葉は解には聞こえていないが、その顔が歪む程の熱がお菜かかってくる。
それでも会は歯を食い縛り、灼熱化していく身体から逃避をしたい衝動に駆られていく思考をねじ伏せていく。
――勝利は、こちらの手の中!
この距離まで詰められては、《導》も何もない。バッシュが使ったソロモンならば会も無事では済まないが、この間合いで使う事は歌織といえども自殺行為だ。
ならば鬼神を纏い、その怪力を発揮できる会の間合い。
首を掴んでへし折ってしまえば良い。
恐怖と衝動を抑えつける会は、必死で鬼神と身体を操作する。
歌織の首へ……、
「ふん」
会の手が歌織の首をかかる直前、歌織は笑った。
嗤いではなく笑い。
それは必勝を意味している。
――もう思い出す事もないだろう。
ダイヤモンドダストと名付けられた《導》が、ルゥウシェの最も得意とする《導》だった。
最も強く愛する娘の《導》なのだから、歌織は憶えている。
そして歌織も、最も得意とする《導》は氷――。
「コフィン――棺の記憶」
首を掴んでいる会へ放たれた歌織の切り札、必殺の《導》は、会の血液を凍らせるというものだった。
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