第13話「嗤う当主」
花道を歩いてくる
――
その言葉には、様々な感情がある。
当主争いに敗れるとは、この場に立てない事を意味していた。
この場――当主と直に戦う場だ。
無論、誰の許可が要るという話ではなく、闇討ちしても良いのだが、当主を破り、破ったことを他者に認めさせるには姑息な手段ではダメだ。それも様々、個々人によって違うのだろうが、会は何一つ身に着けられなかった。
片目であるハンデ、全ての百識から見れば強力でも、六家二十三派の女としては標準的でしかない《導》しか身に着けていない事など、挙げればいくらでも挙げられるくらい会に不足しているものがあった。
だが今、鬼神を身に纏う戦闘方法を備えた。
――
自信に繋がった。攻防一体とは好んで使う者が多い単語であるが、その境地に辿り着けたと感じたくらいだ。
――
この舞台に立つ事を、会は誰にも告げていなかった。
これまでも六家二十三派の百識を倒してきた弓削であれば、会は自分と肩を並べられるというかも知れないが、それは弓削が色眼鏡で見ている所があるはずだ。
――けど梓なら……?
だが会の内心の問いは答えを出す暇もなく、会場に響き渡っていたシンフォニックメタルが停止する。
歌織が舞台に上がったのだ。
「……」
会は無言で槍の穂先を向けた。多くの百識が接近戦を下品と侮るのだから、その長たる六家二十三派の歌織から見て、槍を構える会など、それだけで当主争いの資格なしと見るかも知れない。
この戦いは、審判などいない。
終了条件は観客を満足させる結末が訪れる事。
開始の合図は、声やチャイムではなく、ステージに双方が上がった瞬間だ。
「
シンフォニックメタルが止まり、歌織がステージに上がった時点で会は《導》を発動させた。
「ふーん」
鼻を鳴らした歌織は、見る者が見ればルゥウシェの母親だと感じた事だろう。人を小馬鹿にしたような顔をする。
鬼神を
「!」
会が踏み込む。
――可能な限り、動作は小さく簡潔に!
会が脳裏で繰り返すのは、接近戦の基礎。触れれば切れる、突けば刺さるものが刃物である。肝要なのは確実に命中させる事だ。
――単純なスピードじゃない。理屈!
小さく簡潔にした動作は、引く、振り上げるという動作を省く事になり、それでは命中した時の衝撃が犠牲になってしまう――そう考えてしまえばドツボにはまるという事を、戦闘に入ってからも頭に叩き込む会。
槍の穂先越しに見る歌織の姿は……、
「リメンバランス」
自分へ槍が迫っていても微動だにせず、雲家衛藤派の《導》を発動させた。
「インフェルノ――煉獄の記憶」
バッシュ、ルゥウシェが得意とした炎の《導》であるが、その使い方も二人とは違っていた。
二人は敵に向かって使ったが、歌織は自分を中心に発生させ、立ち上る炎を盾として使ったのだ。
「脳筋」
脳みそまで筋肉なのかと嘲笑する歌織だったが、会は過信でしかないと断じた。
――避けた人がいるんでしょ!
矢矯はバッシュのインェルノを突破して斬り込んだし、孝介はルゥウシェのインフェルノを凌ぎきった事を知っている。
インフェルノが巻き起こす炎は渦を巻き、何本もの竜巻状の炎――ファイアストームを起こし、それが触手のように動くのだが、隙間は確実に存在する。
それを感知の《方》で察知し、身体操作と鬼神の力で斬り込めばいい。
――ベクターさんと、バッシュの再現にしてやる!
当主の操るインフェルノであるから、バッシュが使ったものとは比べものにならない火力があるが、回避と命中に特化させるならば勝機はある、と会は踏んでいた。
――勝機!
炎の隙間を見る会。人鬼合一は衝撃を与えられる事が泣き所であるが、その点、炎は都合が良い。爆発ならば兎も角、炎それ自体は衝撃を伴わない。粒子の動きが比較的遅いのだから。
だがその隙間が――、
「小さい!」
会が思わず漏らしてしまう程だった。
突けない。
踏み込む事は炎の中へ突入する事と同義だった。
「自爆かよ!」
会は歯噛みしながら後退するしかなかった。
しかし自爆といわれると、歌織は甚だ不本意だ。
「自分を中心に発生させても、防御できる《導》も一緒に使えば何も問題ない」
バッシュは陽大を仕留めるために自爆したが、防御手段を同時に講じていれば自爆せずとも済んでいたのだ。
衝撃を発生させない炎であるから、その熱を遮断する事さえできれば歌織は無傷。
「エアリアル――真空の記憶」
空気を遮断し、熱の伝導を断っているのだ。
「で、考えなしに後退? 前に行くより後ろに逃げる方が速いとでも?」
歌織の嘲笑は続く。
「ギャラクシー――銀河の記憶」
会の後方へ美星が得意としたギャラクシーを送る。
青く燃える星は、それ自体が爆発物を思わせた。
――爆発!
会が顔色をなくした。
それは最も避けなければならない攻撃だ。
「エクスプロージョン――爆発の記憶」
そんな戦慄など歌織は意に介さなかった。
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