第12話「歪なる当主」

 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱである。親子関係の判別にDNA検査だ何だと存在しなかった時代、確実に当主の血を引いている事を保証する方法は、男系では現実的でなかった。正妻の生んだ子供が後継者となるのも、可能な限り当主以外の男と接触させない事で、当主の血を引く可能性が高い者を生ませるためだったという側面も存在する。


 女系であれば、父親が誰であれ、母親から生まれてきた事はであり、血統は確実に繋がっていく。


 ならば長子相続させる必要などなく、純粋に能力のみで後継者を選べばいい。



 当主になる条件はひとつ、先代の血を引き、先代を超える百識ひゃくしきである事。



 そうして続いてきた六家二十三派――とはいうが、雲家うんけ衛藤派えとうはだけは異質といえる。


 そもそもあずさがいった通り、雲家衛藤派が六家二十三派に名前を連ねたのは最近の事。梓が雲家うんけ椿井派つばいはの当主を破りながらも当主にならず、そのまま潰してしまったからだ。


 それ故かも知れない。


 ――青。


 乱舞するカクテルライトに目を向ける衛藤えとう歌織かおりは、この舞台に自分が立つ事になった原因へと思考を巡らせていた。



 衛藤えとう椎子しいこ――ルゥウシェ。



 能力が足りず、当主争いから降りたのだから不肖の娘だ。


 ――ここに……こんなところに。


 青いカクテルライトに照らされる花道を見る歌織に去来するのは、他の当主ならば掠めすらしなかった事。


 貧乏劇団を維持するため、ここで《導》を振るっていた娘の姿だ。


 ――もっと上手い稼ぎ方もあっただろうに。


 競走馬さながらの血統崇拝を維持しているのが百識、その頂点が六家二十三派なのだから――と思うのは、歌織が百識の側だからだ。


 ――スポーツ界がどうなっていると思っている?


 プロスポーツは身体を使って稼げるものの最右翼であるが、六家二十三派の百識が身体的に優れているとしても、それを真っ先に浮かべるのは浅はかとしかいい様がない。


 スポーツに於けるルールとはにも等しく、そこに精通する頭脳と経験は必須といえる。それを経ずに、身体能力だけで選手になるのは不可能の一言しかない。


 また格闘技に目を向けても、身体能力だけで勝てている選手など、ほぼ存在しない事を歌織は知らない。そうでなくとも、百識は肉体を酷使する攻撃を下品と忌諱してきた存在でもある。打撃に対する耐性などなく、また身体的な操作で完封できるとすれば、甘いとしかいいようのない世界だ。


 それらを無視してしまうのは、歌織が百識としては最強の一角を占めていても、人として見た場合、世間を知らないからであるが、それ以上に歌織が六家二十三派の当主として異質である事が影響している。



 歌織がこの場に立つ決意をした理由が、ルゥウシェの仇討ちであるという事が、何よりも異質なのだ。



 屋敷を訪れたルゥウシェに向けられた娘たちの視線が、六家二十三派の百識にとっては当たり前だ。母親が同じであるからこそ、他者は。蹴落とされた者が何をしていても興味を持たないのが挑戦者であり、その集大成が勝者であると信じて疑わないからこそ、ルゥウシェに対し、そういう視線を送れた。


 だが歌織は……、


「あぁ、この色」


 カクテルライトの閃光に目を細めて思い出すのは、ルゥウシェの好きだった色。


 それができるのだから、歌織にとってルゥウシェは愛すべき娘だったのだ。


 立場上、手を貸せない事も多々あった。精々、手を貸してやれたのは、自分を頼ってきた時だけ。石井との付き合いも、敗北者同士の馴れ合いと思う者が殆どの中で、健全な――飽くまでも歌織の中では――人間関係を築けたのだと感心した。



 特に口うるさく指定した青は、アズールブルー――瑠璃色だ。



 夜明けの空、或いは明るく鮮やかな海の色ともいわれる青。


 ――青の差は分かりにくいけれど、あの子は必ず言い当てた。


 マドンナブルー、群青色、セルリアンブルー、マリンブルーと様々な青があり、その差は並べてみても区別がつかない者の多い青だが、ルゥウシェはこの青を見分ける事ができた。


 闇夜で再現できるかどうかは難しい技術になるが、その無理を通せるのが六家二十三派の当主という立場だ。


 ルゥウシェが好きだった色に彩られた花道を歩く歌織が、既に入場を終え、ステージに立っている会の姿を捉えた。


 ガウン風にリメイクした着物のアウターと、顔を覆っている犬張り子の仮面が目を引くが、会のプロフィールが頭に入っている歌織には、何よりも会の素顔にこそ意識が向く。


 ――つき かいは、片目を失明していたのだったかしら?


 幼い頃の熱病で左の眼球を失った事を、小川から告げられていた。


 ――目は致命的。視覚こそが行動の視点であり終点。


 会に対し、歌織が下した判断はそれだ。


 距離感は矯正できても、視野の狭さは矯正のしようがない。


 ――だから簡単に追い落とされる。


 会の年齢ならば、まだまだ《導》を伸ばし、当主争いの最前線にいるはすの年齢だ。


 ――そうそうに見切りを付けたような相手に、あの子は……。


 歌織の溜息は、入場曲に使っているルゥウシェと同じシンフォニックメタルに掻き消された。


 正確にいうならば、ルゥウシェに直接、手を下したのは草凪くさなぎ珠璃しゅりであるが、この際、歌織は問題にしない。



 その草凪珠璃を平らげた会を討つ事が、間接的な仇討ちになると信じている。



 曲が止まる。


 ステージに上がる。


 会が槍の穂先を歌織へ向けて――、



 この舞台に初めて、六家二十三派の当主が立ったのだ。

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