第11話「陰険漫才」
IMクライアントから送られた来た言葉は、実に短い。そもそも長文の遣り取りをするようなものでもないので当然だが、それでも短い。
――もう一度、話をしませんか?
振られた女に復縁を求める……にしても
これが
ただ
分かっていないのではなく、奇策や罠が用意されているとしても、切り抜けられると考えているからだ。
――考えるだろ、そりゃ。
小川も、そう思っているから、
会う事はできる。
――そこから先は、話術次第……か。
ただし小川の話術は、本人が思っている程、
相手と議論しても論破される事はないだろうが、相手を論破する事もできないタイプだ。
唯一、相手が退いてくれた時のみ勝利宣言を出すが、それは退いてくれた事に気付いていないだけであり、勝った勝ったとバンザイできる様な事ではないのだが、その自覚がないからこそ「話術次第」という言葉が出てくる。
――全て立て直す。
小川には「彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず
――ここからな。
とはいえ、小川にとって世話人としての立場を取り戻すならば、つけられる筋道が細いというのも確かな話。
――
小川が見ている勝算は、独りよがりとは言い難い。
勝算はある。
六家二十三派の当主が《導》を操る場面を見た事のある者は、同じ派に所属する女
――これ以上にない百識をぶつけるんだぞ。勝因こそあっても、敗因なんぞあるか。
仕切り直す好機というのも、独りよがりとはいえまい。
そのためにも、小川は
客同士の視線を考えてレイアウトされた店内は、誰が退店して誰が入店してきたかを確認し辛く、ドアベルの音も聞こえにくいのだが、それが聞こえた事に小川は自身の集中力が高まっている事を感じていた。
「人と待ち合わせです」
会の声だ。
「こっちです!」
身を乗り出し、小川がレジ付近に立つ会へとを振った。
「……」
店員に一礼して小川の席へ向かう会の顔は
「……」
無言のまま意識して浅く腰掛け、姿勢は悪くなるが足を組む。何かあれば、相手の
小川は、そんな体勢であると知ってか知らずか、メニューを開いて会へと押し遣った。
「どうぞ。スイーツが有名ですよ」
デニッシュパンの上にソフトクリームを絞り、縁取りされたようにシロップがかけられたデザートが定番だというのも、矢矯を挑発した時と同じだ。
――アイスコーヒーか? いや……。
矢矯を思い出し、小川が嘲りを含めた笑みを見せる。
「レイコー、だったか?」
独り言は会が聞いていたかどうかは分からない。
だが会が口にしたものは、小川を思わず吹き出させてしまう。
「水」
おごりですよといわれようとも、会は小川から何かを受け取るつもりはない。
「せめて、出させて下さい」
苦笑いを経て愛想笑いへ表情を変えつつ、小川はいった。
しかし会は断ちきり、
「あまりよく知らないのですが、世話人として落ち目なのでしょう? 大きな舞台を立て続けに失敗させている」
会が声と共に全身で表すのは、隠す気のない嘲笑と悪意、そして敵意だ。
「
「それは、大舞台とはいい難い、落ち目同士の戦いでしたから」
小川は涼しい――を作った。
「では、ベクターさんと弓削さんを陥れて、直接対決にした時? それも梓が止めてしまって、次は私もいたリベロンたちとの戦い?」
それも会たちの勝利に終わったと嘲笑を強めれば、小川もトゲを出したくなる。
「所詮は
観客が大熱狂で迎えた訳ではないとの言葉は、会へのせめてもの反撃だ。
そして、その言葉で小川も確信する。
――こいつ、話が下手だ。
会は口げんかが強いタイプではなかった。
ならば小川の話術でも十分だ。
「本当に観客が望む舞台、つまり自分にとって最大の舞台は、今から用意するんです」
声に余裕を持たせる。
――できるだけゆったりと、できるだけ……。
会に悟られないよう、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、言葉を用意していく。
「確かに、その二戦で自分は駒を失い、目下、動かせる百識は一人しかいません。しかしその一人、絶対に観客を注目させられるものになりますよ」
会が
「月さんが上がってくれれば、完璧です。そして月さんも、きっと望む相手だと思います」
「……」
会はやはり訝しそうにするだけだ。
その表情を変える言葉が出る。
「
続いて小川がどういったのか、どう会を焚きつけたのかは、今後、誰にも知られる事はない。
一言であったか、二言であったか、会はどんな会話を交わしたのかもハッキリと憶えていない程、衝撃的だったからだ。
六家二十三派のトップとの一戦は、会が望む戦いの前哨戦たり得る――その事実を浮かび上がらせたのだから、小川の言葉に否定的な返事があろうハズもない。
衛藤歌織VS月 会――決定。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます