第11話「陰険漫才」

 IMクライアントから送られた来た言葉は、実に短い。そもそも長文の遣り取りをするようなものでもないので当然だが、それでも短い。


 ――もう一度、話をしませんか?


 振られた女に復縁を求める……にしてもつたないとしかいいようがない短文は、送った小川も苦笑いしていそうなものだろう。


 これが弓削ゆげあずさならば乗らなかった。何を企んでいるのか分かったものではないと分かっているのだから。


 ただかいは乗った。


 分かっていないのではなく、奇策や罠が用意されているとしても、切り抜けられると考えているからだ。


 ――考えるだろ、そりゃ。


 小川も、そう思っているから、歌織かおりの提案に対し、「舞台に上げられる」と答えたのだ。


 会う事はできる。


 ――そこから先は、話術次第……か。


 ただし小川の話術は、本人が思っている程、たくみではない。


 相手と議論しても論破される事はないだろうが、相手を論破する事もできないタイプだ。


 唯一、相手が退いてくれた時のみ勝利宣言を出すが、それは退いてくれた事に気付いていないだけであり、勝った勝ったとバンザイできる様な事ではないのだが、その自覚がないからこそ「話術次第」という言葉が出てくる。


 ――全て立て直す。


 小川には「彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ずあやうし」という言葉とは無縁だった。会ならば挑発に乗るという点のみを見れば、彼を知りといえなくもないが、飽くまでもいえなくはない、という否定が連続する奇妙な言葉になる。


 ――ここからな。


 とはいえ、小川にとって世話人としての立場を取り戻すならば、つけられる筋道が細いというのも確かな話。


 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの当主が舞台に上がるとなれば、動く金額も、また世話人としての小川の株も上がる。


 ――つき かいを皮切りに、全員を平らげてやる。


 小川が見ている勝算は、独りよがりとは言い難い。


 勝算はある。


 六家二十三派の当主が《導》を操る場面を見た事のある者は、同じ派に所属する女百識ひゃくしきだけだ。舞台関係者でも皆無。だが当主争うに敗れた百識の《導》を上回るから当主なのだ。


 ――これ以上にない百識をぶつけるんだぞ。勝因こそあっても、敗因なんぞあるか。


 仕切り直す好機というのも、独りよがりとはいえまい。


 そのためにも、小川は矢矯やはぎを挑発した時と同じカフェを待ち合わせ場所に選んだ。


 客同士の視線を考えてレイアウトされた店内は、誰が退店して誰が入店してきたかを確認し辛く、ドアベルの音も聞こえにくいのだが、それが聞こえた事に小川は自身の集中力が高まっている事を感じていた。


「人と待ち合わせです」


 会の声だ。


「こっちです!」


 身を乗り出し、小川がレジ付近に立つ会へとを振った。


「……」


 店員に一礼して小川の席へ向かう会の顔はしかめっつらだ。笑顔など相応しくない。


「……」


 無言のまま意識して浅く腰掛け、姿勢は悪くなるが足を組む。何かあれば、相手のこうずねを蹴り上げる、または爪先を股間に突き刺すためだ。


 小川は、そんな体勢であると知ってか知らずか、メニューを開いて会へと押し遣った。


「どうぞ。スイーツが有名ですよ」


 デニッシュパンの上にソフトクリームを絞り、縁取りされたようにシロップがかけられたデザートが定番だというのも、矢矯を挑発した時と同じだ。


 ――アイスコーヒーか? いや……。


 矢矯を思い出し、小川が嘲りを含めた笑みを見せる。


、だったか?」


 独り言は会が聞いていたかどうかは分からない。


 だが会が口にしたものは、小川を思わず吹き出させてしまう。


「水」


 おごりですよといわれようとも、会は小川から何かを受け取るつもりはない。


「せめて、出させて下さい」


 苦笑いを経て愛想笑いへ表情を変えつつ、小川はいった。


 しかし会は断ちきり、


「あまりよく知らないのですが、世話人として落ち目なのでしょう? 大きな舞台を立て続けに失敗させている」


 会が声と共に全身で表すのは、隠す気のない嘲笑と悪意、そして敵意だ。


本筈もとすばさんを賭けて、7対7の決戦を挑んだものの、盤外戦術でベクターさんを排除、弓削さんを遅刻させて、挙げ句、乱入させても平らげられてしまった大決戦があったのでしょう?」


「それは、大舞台とはいい難い、落ち目同士の戦いでしたから」


 小川は涼しい――を作った。


「では、ベクターさんと弓削さんを陥れて、直接対決にした時? それも梓が止めてしまって、次は私もいたリベロンたちとの戦い?」


 それも会たちの勝利に終わったと嘲笑を強めれば、小川もトゲを出したくなる。


「所詮は新家しんけと、ドロップアウト組の戦いですよ」


 観客が大熱狂で迎えた訳ではないとの言葉は、会へのせめてもの反撃だ。


 そして、その言葉で小川も確信する。



 ――こいつ、話が下手だ。



 会は口げんかが強いタイプではなかった。


 ならば小川の話術でも十分だ。


「本当に観客が望む舞台、つまり自分にとって最大の舞台は、今から用意するんです」


 声に余裕を持たせる。


 ――できるだけゆったりと、できるだけ……。


 会に悟られないよう、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、言葉を用意していく。


「確かに、その二戦で自分は駒を失い、目下、動かせる百識は一人しかいません。しかしその一人、絶対に観客を注目させられるものになりますよ」


 会がいぶかしそうな顔をしても、小川は無視する。相手の気分に引き摺られれば、押し通す事などできないのだから。


「月さんが上がってくれれば、完璧です。そして月さんも、きっと望む相手だと思います」


「……」


 会はやはり訝しそうにするだけだ。


 その表情を変える言葉が出る。



雲家うんけ衛藤派えとうは当主、衛藤えとう歌織かおり



 続いて小川がどういったのか、どう会を焚きつけたのかは、今後、誰にも知られる事はない。


 一言であったか、二言であったか、会はどんな会話を交わしたのかもハッキリと憶えていない程、衝撃的だったからだ。


 六家二十三派のトップとの一戦は、会が望む戦いの前哨戦たり得る――その事実を浮かび上がらせたのだから、小川の言葉に否定的な返事があろうハズもない。



 衛藤歌織VS月 会――決定。

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