第15話「大願成就」

 雲家うんけ衛藤派えとうはの歴史は浅い。あずさ雲家うんけ椿井派つばいはを潰してしまうまでは、六家りっけ二十三派にじゅうんさぱに数えられていなかった家系だ。


 だからこそ、殊更ことさら、自分たちは六家二十三派だと強く主張しなければならなかったのかも知れない。


 古い百識ひゃくしきの家系であるし、雲家を名乗っている通り椿井派との関わりもあり、梓が雲家椿井派を滅ぼした後、忽然こつぜんと姿を消してしまった事など、系譜を乗ってる事は比較的簡単だったのだろう。椿井派と衛藤派という看板こそ変わるが、些細な問題として処理してしまうにも、メンツは大事だった。


 そんな雲家衛藤派であるからこそ、歌織かおりのような六家二十三派の当主としては珍しい気質の百識が現れたのかも知れない。


 ――さぁ、幕引き……。


 顔を歪ませつつも、歌織は必殺を確信して会を睨み付けていた。


 鬼神を纏ったかいであるから、その表情を見る事はできず、また鬼神を纏う事で発揮される怪力に首の骨のへし折れるとばかりに力を掛けられているため、得意の薄笑いも浮かべられないが、歌織は自分の切り札に絶対の自信を持っている。


 ソロモンやインフェルノ、エクスプロージョンは歌織にとってに過ぎない。


 ――確実に仕留められる冷気こそ、我が最高の《導》よ。


 相手の血液を凍らせるという攻撃は、百識が辿り着くには珍しい境地であるが、歌織は辿り着いた。


 破壊の力といえば、皆が大火を想像しやすい。


 大火でなくとも大水を想像する者もいれば、落雷、地震という者もいるだろう。


 事実、それらの巨大な力を操る者が六家二十三派を頂点とした百識である。


 だが歌織は、それらを全て無視した。



 人一人を確実に殺す《導》――選んだのは派手さよりも堅実さ。



 冷気を操るが故に、ルゥウシェに特別な想いを抱いたのかも知れない。


 コフィンと名付けたリメンバランスは、その名の通り、確実にひつぎを一つ、必要とする《導》だ。


 それを受けた会は――、


虚仮威こけおどし!」



 その時、会は自分の身体に異変など感じていなかったのだ。



 歌織の首を締め上げる。窒息させるのではなく、骨を握り潰すつもりで力を込める姿は、六家二十三派の百識らしからぬ姿だった事だろう。


 ――コレは無理があるかも、ねッ!


 会が眉間に刻んだ皺を、より深くしていくのは、インフェルノとエアリアルは鬼神によって阻まれているが、このまま歌織の首をへし折るというのは難しそうだと実感させられている分だ。


 元より人を筋力のみを頼みに殺す事は不条理である。骨を握りつぶすには百キロ単位の握力が必要であるし、握りしめるという行為は瞬発力を伴えない。打撃にしても、急所は急所故に容易に打てず、陽大あきひろ神名かながしたように、胸骨や肋骨を繋ぐ軟骨、側頭部のように頭蓋骨の縫合部に当たるような場所を打つ必要がある。


 その不条理さが二人に時間をもたらし、歌織にも怪訝けげんそうに思わされるを作り出した。


 その時、視界の隅に客席を捉えたのは偶然か。


 ――あの女……ッ!


 歌織が捉えた客席の姿は、薄れていく視界であるし、遠くて確信を持って「そいつだ」といえるはずもないのだが、今の状況から考えれば確実にいると思える女。



 ――椿井つばい あずさ……!



 会からは何も告げられていないが、雲家椿井派の当主、椿井 梓――椿井派が滅んだ後は弓波ゆみなみ 梓と名乗っている女が、客席の隅で戦況を伺っていたのだ。


NegativeCorridorネガティブ・コリドー


 その《導》は、厳密にいえば乱入。即ち決して歓迎されないものであったが、歌織が自慢する必殺の《導》が小さかった事が幸い、或いはわざわいした。


Eraseイレース


 会を蝕もうとした歌織の《導》だけを消し去る、余人には見分けられない《導》だったのだから。


 これが、エアリアルで作り出した空間を消し去って歌織をインフェルノの炎に巻き込んだり、エクスプロージョンを無効化して会を救ったのならば、誰の目にも乱入が明らかであったのだが、会の血液を凍らせるという目立たない《導》を無効化するだけならば、誰にも分からない。


 事実、当事者である会も自覚できず、歌織だけが気付けた。


「う……こッ……」


 息が詰まると鬼神に腕に触れる歌織。


「――」


 悲鳴も上げられなかった。鬼神は自らに触れる者に流血を要求する。


 歌織が掌に感じた焼け付くような痛みは、皮膚を焼かれ、肉を抉られた痛みだ。


「――」


 それでも脱出しなければならないと、今度は蹴る歌織であったが、またしても同じ事が繰り返される。


 全身に激痛が走り、それとは反比例して身体の自由が奪われていく。


 酸欠は脳から思考力や判断力を奪い――、


「……この……」


 かすれた声は、もう歌織本人の耳にも届いていない。


 ――脳筋が……。


 それも愛娘ルゥウシェが矢矯や孝介へ向かって吐き出した言葉と同様。


 インフェルノの業火の中、仁王立ちで歌織を締め上げる鬼神の姿は、観客にとっては興奮するものだったはず。


「無茶をなさいます」


 勝利を確信した梓は、スッと席を立つのだった。

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