第16話「帰宅した放蕩娘」
現役の当主が舞台に上がった事が初なのだから、当然、敗北も初だ。
それも派手な《導》が炸裂する中、
「どうせ、お前らがいても社会の生産には何にも寄与しねェんだよ! 精々、小銭のために殺し合いやがれ!」
――それすら役に立たなかったんですからね。
スタジアムを後にしながら、
――ただ、ゼロサムゲームですからね。
当主になった者が一人で全部、得てしまうのが、六家二十三派の当主争いであるから、この舞台を見ている多くの者は、《導》だ何だと役に立たない能力を理由に、自分は特別だと思っている、生活苦に
「まぁ、いいです」
梓は何かを振り切るように首を横に振った。
今夜の事は、本来ならば会が負けている。今、歓声を浴びている唯一の理由は、梓の
――この勝利を、
他家であるが当主を下した事で自信へと繋げるか、それとも薄氷を踏むような勝利に過ぎなかったと自覚するか、そこまでは梓にも分からない。
梓が差し当たってすべき事と自覚しているのは、会と出会してしまう前に退散し、アパートで出迎える準備をする事だけだ。
――信じていますよ。
何を?
会はまだ力不足だと自覚する事を、だ。
「NegativeCorridor」
梓は《導》を展開させた。
「
舞台を降りる会の足取りは、勝利者に相応しいものであったかどうかは、少なくとも会本人は自覚できなかった。
手に残る感触は、歌織を窒息させたもの。
不幸中の幸いといっていいかどうかは不明であるが、首をへし折ったり窒息死するまで締め上げる必要はなかった事も、この感触を気持ち悪いものにしなかった理由だ。鬼神に触れた衝撃と激痛、そこに首を絞められた事で脳への酸素供給が滞った事によって、歌織の意識は断たれてしまった。
死んではいないし、今、闇医者が治療に当たっているのだろうが、観客から見ればくびり殺されたようにも見えたのだから、この舞台は大成功に終わっている。
――あれが当主……。
手に残る感触から昇華する気持ちを言葉にするなら、会にとって歓喜しかありえなかった。
――私は、当主とも一勝負できる!
この気持ちは、ずっと留守にしていた家に――懐かしい我が家へ戻ってきたようなものではないか!
中だるみのような苦戦があった事は否めず、また歌織の失敗が会の失敗を上回ったという敗因が存在するのみの勝利だが、そんな事は気にしていない。
――何年も掛けて辿り着いたんじゃない! 私は、たったこれだけ! たったこれだけの時間で成し遂げた!
才能があるのだと胸を張るのだから、その頭には、梓の助力があった事など片隅にすら存在しない。
頭上すら降ってくる歓声が聞こえなくなった事、着替えた事も失念したまま、会は夜更けの街を歩き、アパートへ戻る。
「おかえりなさいませ」
玄関を開けた時にかけられた梓の声を聞くまで、会はスタジアムを出た事も自覚していなかった。
――気付かれていませんね。
表情にこそ出さないが、寝ずに待っていた風を装えているとほくそ笑んでる梓であるが……、
「何か、ありましたか?」
会の様子に、自分が望んでいない結論が出た事を察してしまう。
「別に、良い事ばっかりじゃないんだけど、悪くない事を含めたら、最高の日だったかなって思う……っていう感じ」
「わかりません」
会の言葉に梓は苦笑い――してみせた。
会は当主に勝った事で、自分が
「お風呂入って、寝るわね。ああ、お夜食とかあるの?」
会は気分を落ち着けようとしているようだが、上がったテンションはそう簡単に下がらないらしい。
「お茶漬けくらいなら用意しましょう。松前漬けが残っていますから、それをご飯の上に載せて、お茶かけ……そんなものでしたら」
梓が何を思っているかは、会には分からない。
「なら、温かいシャワーをさっと脹ら脛に当ててくる」
会の声は、抑えようとして尚、弾んでいた。
幸か不幸か――梓の《導》は万能なれど、未来と人の心は解き明かす事ができない。
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