第9話「やって来た当主」
世話人という仕事は、今更、言及するまでもなく特殊である。舞台に上がる者を選別、
自身は全く舞台には上がらず、命の遣り取りなど有り得ない場所で仕事をしていく。
あるのは、秘密の厳守。
殺しを娯楽として楽しむ場なのだから、秘密の厳守は絶対だ。何を漏らしてもいけない。行方不明になった、事故に遭ったという世話人は何人も存在し、運営に消されたという噂もある。
そんな事情からか、世話人の収入は自分が扱う出場者の勝敗で上下しない。オール・オア・ナッシングやゼロサムゲームでは、世話人を支配する効率が落ちるのだから。
だが事情の違う世話人も存在する。
それが
独身で定職を持つ小川は、世話人という仕事に一攫千金など見ておらず、この舞台に人を送り込んでいる理由は――現実はどうあったとしても小川の感覚では――社会正義のためだ。
そんな小川でも、無傷で完勝できる
「
連絡が来た相手の名前を口にした小川の声は震えていた。
衛藤というルゥウシェと同じ名字の百識は、ルゥウシェの遠縁ではない。
母親――
強力な百識というならば、確かにこれ以上になく強力であろうが、手放しで喜べる話でないのも当然だ。
――レバインを使って、俺が殺したといい出すか?
直接、手を下したのはレバインの一味であった
しかし女系女権が常の百識である。
――娘の仇討ちなんて考えないか。
小川が考える可能性もある。
人に対して使う言葉ではないが、掃いて捨てる程いるのが衛藤家の女百識だ。当主になるのは一人だけ。その上、純粋な能力争いにするための女系女権。
それらを天秤に掛ければ、小川の出す結論は一つ。
「えェ、日時を指定していただければ、合わせられますよ」
会う。
予定を合わせるといったのは、相手への気遣いだ。当主争いから脱落した百識は、社会の生産に何ら寄与できない能力であるが故に困窮するモノが多いが、当主となれば話は別。先祖伝来の財産がある。
衛藤歌織の社会的地位は、決して低くない。
だが……。
――今すぐとはね。
仕事を抜け出すいい訳に苦労させられた小川だが、これからするであろう苦労よりはマシくらいには思えてた。
いつも通りビルの屋上に構えているカフェ&バーでの待ち合わせからして、そんな良家のご当主様にお越しいただく店なのかといわれると疑問である。
――何て考えてても、世話人として話ができる場所なんて、あんまりねェんだから仕方ない。
そう高を括る。420円のブレンドコーヒーを出すカフェだが、舞台の話ができる貴重な場所だ。場所にケチを連れられても、それは撥ね除ける。
――それだけは最前提だ。
小川が覚悟を決めるようにコーヒーカップを持ち上げたところで、ちりりんとドアベルが鳴らされた。
入ってくるのは、特段、目を引く特徴がない女だった。
事実、小川も気に止めずにコーヒーカップから腕時計へと視線を移すしていたのだから。
「遅いな」
小川の口から漏れたのは呟く程度の声だったはずだ。
「いいえ。時間通り」
小川の視線を上げさせたのは、相席に座った女だった。
「は……?」
小川が目を見張る。
あまりにも、その女は格下に見えてしまったからだ。
品というものがある。例え1000円程度の服であっても、その人が来ていれば何十万とするものではないかと思わせる事もあれば、その逆もあるという、その人自身が持っている雰囲気だ。
眼前の女は逆だった。
着ている服、時計などのアクセサリーは、成る程、総額では想像を絶する岳になるのであろうものだ。
だが特に腕時計は、2500円程度で売られているジョークグッズなのかも知れないと思ってしまう雰囲気なのだ。
ちぐはぐ――そういう印象が小川の抱いたものだ。
だが女は名乗った。
「衛藤歌織です」
待ち人なのだ。
「は……失礼しました」
頭を下げる小川は知らない事であるが、衛藤家の屋敷は、この女を体現した様相である。ロココ調もヴィクトリアン調もバロック調も、何もかもを無造作に並べられている、まるで明治期の成金が差し当たって集め、並べてみたという屋敷を凝縮したのが、今、小川の眼前にいる当主・歌織だ。
「失礼しました。小川慎治。世話人として、ご息女、
頭を下げる小川で会ったが、歌織はふいと横を向き、遮るような声量でウェイトレスに告げた。
「ブレンド。ホットで」
小川の話を聞いていないというよりは、無駄な時間だと遮りたかったのだと声と態度で表していた。
「私が求める事は、多くありません。椎子を殺した相手を教えなさい。その相手が死んでいるのなら、殺した相手を教えなさい」
「は……?」
これは単刀直入ではなく唐突というものだ。
――仇討ち? 娘の?
それは百識の――
――いや、待て!
しかし小川の頭は、回転を再開するまで早かった。
――ルゥウシェを殺した奴? それは草凪珠璃だ。その草凪珠璃を仕留めたのは……。
簡単な話だった。
――
それは今、最も復讐したい者の一人ではないか!
「ふ、ふふふ」
思わず笑ってしまう。
「失礼しました」
それを口元に手を当てて封じ込め、歌織の顔を真っ直ぐ見据える小川。
「はい、お時間いただきますが、舞台に上げられます。繋がりは持っています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます