第2話「雲家椿井派・顛末」
――場所を変えませんか。
苦笑い交じりに
「楽しく笑えるような話ではありませんが」
窓際の席に座り、コーヒーとケーキを注文した所で、梓はいよいよ苦笑いを強めた。
「
正午を迎えた太陽は高く、店内に明るい光を差し込ませてくれこそしても、梓の顔に変な影を落とす事などないのだが、会には梓の顔が陰って見えた。
「どれくらい前の事なの?」
知らないという言葉の代わりに、会はそんな質問を口にした。
「
具体的に何年前かはいわない梓だが、会にとっては十分だ。元々、世に知られる存在ではない百識でも、誰もが気にしなくなるくらいの時間が経っているというだけで。
「
梓は苦笑いの割合を強めていく。
「一つずつしかないのに、椿井派もないものですが」
派とつける必要があるのかどうかと考えているのが、梓の苦笑いを強くさせていた。山家本筈派もそうであるから、おかしいと嘲笑うのはどうかとも思うのだが。
「その雲家椿井派は――」
その苦笑いのまま、梓はいう。
「私が潰したのです」
出て来た言葉は予想していなかった潰したという単語。
「え?」
察しが悪い方でもないはずだが、会は思わず聞き返した。
「私が潰しました。つまり……」
梓も察しが悪いとまでは思わなかった。
――想像もつかないでしょうね。
仕方がないと思っていた。会でも想像できない理由だ。
「私が、雲家椿井派の最後の当主です」
六家二十三派のトップに立っていた百識なのだ。
「……え?」
確かに会も信じられない。
――梓は、一つ違いの従者で……え?
雲家椿井派が潰されたのは何代も前の話だという事と、梓が自分よりも一学年、上だという事が矛盾して感じていたからだ。
「歳が……」
「会様よりも上なのは確かです。忘れました」
誕生日を祝ってくれる相手もいないのだから、と梓は戯けた調子で笑った。
会は笑うに笑えなかったのだが、そんな二人へとかけられた第三者の声がいい切っ掛けとなった。
「そうでもなければ、耐えられない暮らしでしょう?」
休憩中の乙矢が姿を見せていた。
「天気を見て洗濯物の心配、時計を見てスーパーのお惣菜に値引きシールがいつ貼られるかの心配。高校生の生活じゃないわね」
軽い嫌味を含めていう乙矢には梓が吹き出した。
「スーパーで値引きシールの貼られたお惣菜を狙った事はありませんけれど。ちゃんと料理してますよ」
でなければ六家二十三派の女子の従者などできるはずがない。
「やっぱり茶色いおかずが多いの?」
椅子を引いて座る乙矢は遠慮がない。
「逆に、茶色くないおかずって何がありますか? お肉を焼いても、天ぷらを揚げても、フライにしても、きつね色だったり焦げ茶色だったりしますけれど」
「……」
乙矢が肩を竦める。底意地の悪い質問をしたかっただけだ。
「
それが結論だという梓の顔には、苦笑いが戻ってしまっていたのだが、それは梓が関係がないと断じられるものだ。
「梓が六家二十三派の頂点を……」
「はい。当主になり全て処分しました。家名も、財産も……。今でも、私の親戚筋の百識は意外といるようで、前に戦った空島春日も、その縁者だったようです。だから本来は、五家二十二派なのです」
「雲家衛藤派は?」
自分は知っている事だが、会に聞かせるようにと乙矢は促した。
「恐らく、私の姉か妹が起こしたんでしょうね」
詳しくは知らない梓は、雲家衛藤派と名乗りつつも、実力で当主が成り代わった訳ではない、つまり六家二十三派と名乗るには烏滸がましい存在だと思っているから、調べていない。
それ以上に重要な事があった。
「あの頃は……そうでした。
月美代治が、
「美代治さん……」
――大騒動になったという話は、聞いたとがあるけど……。
その程度であるから話を切り、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「なら梓。梓から見て私は、鬼家月派を、取れるかしら?」
あの日、
「……」
梓は、一度、黙った。
「戻って、やはり当主を目指すのですか?」
梓にとっては、これが大事な点だ。
――目指されるのなら、私は……。
心中ですらいい
「私も、鬼家月派なんて――」
会の口調には、ハッキリとした怒気がある。
「潰してしまいたい」
その一言こそが梓が欲しかったものだ。
――あァ、そう思って下さる方だと信じていました。
雲家椿井派の当主という地位を捨てて鬼家月派の門を叩き、従者という、百識の女たちにとっては取るに足らない存在になったのも、梓に残された右目に宿る反骨の光に惹かれたからだ。
「未だ足らずとも、一緒に目指させて下さい。会様の望みに」
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