第11章「我が為に祈り給え」

第1話「5口目」

 あずさの乱入は小川の凡ミスという事で片付けざるを得なかった。矢矯やはぎ弓削ゆげとにいだいていた怨恨を晴らすというのは、世話人の分を超えていないならば許容されるが、手駒である梓を使って舞台を叩き壊す事は許されない。


 矢矯と弓削の再戦、梓への制裁マッチ、小川へのペナルティと様々な事柄が出てくるのだが、それを止める要素もあった。


 まず矢矯と弓削の状況を知った安土あづちの手回した事。


 矢矯と弓削の再戦ならば、梓との戦いが筋ではないかといい出せば、これは運営としては認められない。小川の目論見を果たしてしまいかねないのだから。


 これで矢矯と弓削、梓の問題は棚上げにできる。


 小川のペナルティは安土が関与する所ではないため無視したが、状況が一本化されれば小川が自分で対策を立てる。


 その一つが、今、手駒としているレバインのチームだ。


 このチームを、矢矯と弓削へとぶつける事で、再戦を消化してしまおうという腹づもりだった。


 ――今は、7本の剣を集めるのが先だ。


 レバインの回答は、そんなにべもないものだったが。


 石井が《導》で作った日本刀が集まる事が、レバインたちが立つ条件だった。


 ――まぁ、何とでもなる。優先順位を付けていこう。


 小川の判断はそうだった。ここは安土の思惑も計算に入れられる。


 ――時間は稼げている。


 その時間は、残り3人となったルゥウシェ、アヤ、明津あくつを始末するに十分である、と小川は見立てた。



 その見立て通り、最後の3戦の一つが今、眼前で始まろうとしていた。



 ルゥウシェがステージへ向かっていく。シンフォニックメタルが揺らせる空気に、青いカクテルレーザーが閃く会場は、聡子さとこの命を賭けさせ、孝介こうすけに斬られたスタジアムのような広い場所ではない。


 不満が顔に出ていた。2連敗はルウウシェの価値を大きく落としている事など、ルゥウシェは認められない事だった。


 雲家うんけ衛藤派えとうは六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ最強でなければならず、故に当主でなくとも自分の価値は、この舞台に上がる百識最大のものでなければならないのだ。


 ――新家しんけというなら同じだろうがッ。


 ルゥウシェが睨み付ける相手は、草凪くさなぎ珠璃しゅりだ。


 銀色の手甲てっこう脚甲きゃっこう、長衣というコスチュームを纏う姿に、ルゥウシェはより強い苛立ちを感じさせられていた。


 ――メイと同じような格好をして、それで強くなれると思ってるの?


 騎士を思わせる出で立ちは、否応なくルゥウシェに亡くしてしまった親友を思い出させてしまうからだ。


 歯軋りするルゥウシェの姿は、はじめを惨殺して以来、身につけていた侍を思わせる衣装ではなかった。白地に朱のラインが入ったクロークコートにベルボトムを合わせ、足下にはサボシューズという衣装は、バッシュと合わせて着ていたものだ。


 接近戦を行うには些か動きにくさのある衣装であるが、ルゥウシェが特異とする距離を置いて《導》を放つという戦法ならば、こちらの方が向く。


 石井から渡された刀も持っているが、振るうつもりはなかった。


 ――警戒すると思ってる?


 ルゥウシェの左手を見つめる珠璃は、軽く口の端を上げる程度であるが、表情を綻ばせた。刀を鞘に収めたまま持っているルゥウシェの手付きは、無造作としかいいようがない。


 ――峰の向きが逆。


 珠璃が嘲笑するように、ルゥウシェのように手首側に刃が来る様に握っていては、抜く時に手首が不自然に捻らなければならない。


 ――接近戦があると思わせたいのなら大失敗ね。


 したくてもできないのだ、と珠璃は判断した。孝介の銀河棲獣砕で落命こそしなかったが、完全に治癒していないからだ。動けない程ではないが、近接戦闘は無理だ、


 ならばルゥウシェが狙う事も分かる。


「開始」


 審判の声が放送で流れた。


「リメンバランス――」


 開始の合図があるタイミングを狙い澄まし、ルゥウシェが《導》を発現させた。


「開始と同時の奇襲!」


 珠璃が高らかに宣言したが、ルゥウシェはフンと強く鼻を鳴らした。


「だからどうした!」


 新家には《導》が発動した後の防御手段などないのだから、このタイミングはルゥウシェにとっては絶対だった。小憎らしい事この上ないが、矢矯とてルゥウシェのリメンバランスは防御できないからこそ、回避する事に血道を上げていた。


 だが珠璃も笑った。



 ――その一言が欲しかった!



 一言をいうのに必要な時間は一瞬、一秒どころか0.5秒にも満たないが、ルゥウシェの《導》が遅れればよかった。


「いけ、使い魔ファミリア!」


 珠璃の行動が早かった。


 言葉と共に宙を舞った二つの光球は、硬質な光を湛えた金属球となってルゥウシェへと飛んでいった。


「頼んだ、黒白こくびゃく無常むじょう!」


 珠璃が叫んだが金属球の名前だ。


「!」


 ダイヤモンドダストを発動させようとしていたルゥウシェは、咄嗟に狙いを珠璃から逸らしてしまう我、その目にあったのはあざけりだ。


「ボール投げてるだけで勝てると思ってるならおめでたい!」


 手品のようなものだと判断したルゥウシェの口からは、自然と嘲笑が放たれていた。新家でも《導》を持つ者もいるが、それでも《方》に毛が生えた程度だと高を括っていた。


 ――念動で飛ばしているだけ!


 遅れた一秒など取り返せると、改めてルゥウシェは宣言する。


「ダイヤモンドダスト――大紅蓮だいぐれんの記憶!」


 金属球と共に珠璃を飲み込めと《導》を発動させたのだが、鉄球は弧を描いて《導》の効果範囲を避けると――、


「な!?」


 ルゥウシェの身体に突き刺さったのは、金属球が放ったレーザービームのような閃光だった。


「新家の《導》も、バカにできるものばかりじゃないでしょう?」


 今度は珠璃が嘲笑する版だった。ルゥウシェの身体に突き刺さったレーザービームは、《導》を維持する集中力を削ぎ落としたのだから。

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